第5章 お祈りはいつも届かない
入学初日、カガミを迎えに教室にやって来た白河に、どうしても拭えない違和感を抱いた人物がいたという。
「俺やキセキのいるクラスって、あの時めっちゃピリピリしてただろ。
だから、斑類からすりゃ弱い並の猿人だったら……いや、斑類でも軽種とかだったら、
本能的にビビッて近づかないようになるはずなんだよ」
緋那にそう言われて思い返してみれば、確かにそうだ。
あの時、廊下にキセキ目当ての出待ちなんか、他にはいなかった。
「黄瀬や和泉は中間種だし、キセキと付き合いあったし、まあ、ビビらないのもわかる。
高尾もムカつくけど、あいつ緑間の従家だろ?
色付きの家の従家なんて、ごたごたに巻き込まれるとか多いみたいだから、重種が怒ってる場面に慣れててもぜんぜんおかしくない。
……じゃあ、白河はなんで平気だったんだ?」
白河が、まったく斑類に関わらず生きてきた、ただの人間であるならば、遺伝子が本能的に察知した恐れに負けて、あの場に近づくことすらできないはずである。
しかし白河は、軽口を叩いて見せる程に普通の振舞いを見せていた。
あの平常心とマイペースぶりは、例えるなら、酸素もなく、何トンという水圧のかかる深海で、潰されずに肺呼吸をして笑っているような、そんな異常な行動だったのだ。
あの日の寮までの帰り道、和泉を中心に話に花を咲かせ始めたキセキの面々をよそに、緋那はそれにいち早く気づいた。
早速、疑問を解消するため白河について情報収集を行っていた緋那の元に、同じく異常に気づき、先に結論を出し終えていたという桃井の元からメールが届いたのは、つい昨日のことだった。
《今はあの子をそっとしておいてあげて。
あまり深入りすると、ちょっと危ないかもしれないから。》
その文面は白河を庇う警告というよりも、緋那の安全を心配するような内容に終始していた。
桃井曰く、白河は少しワケありの家の出らしく、本来なら帝光に通うための学費もロクに払えないほど貧しい境遇に置かれていたという。
そんな白河に、救いの手を差し伸べ、あまつさえ帝光に入学させたパトロンがいた。
「白河な、白金家から金貰って入学してたんだよ」
緋那は声を潜めた。