第5章 お祈りはいつも届かない
結論から言うと、和泉の心配は杞憂に終わった。
入学してから二日たち、クラスの緊張もほぐれてきた頃合いである。
かねてより予想されていた『猿人』……もとい、白河がいじめられるようなことはなく、むしろクラスの中心に近い立ち位置を確保していた。
理由は至極簡単で、彼女は席順の近い高尾和成と、同じ寮の黒子テツヤと、さっさと親交を深めてしまったのだ。
高尾は何かと周囲を引っ張っていく力があるし、黒子は中等部の頃から、ある事情によりその名前が知れていた。そして二人とも、キセキに近い立ち位置にある。
彼らが周囲から一目置かれるのは自然だったし、白河もその二人に近しい人物ということで、何の違和感もなく、俗に言う「一軍」の席に収まってしまっていた。
まるで、最初からそこが彼女のポジションだったかのように。
「なにあいつ、ただのぶりっ子じゃん」
昼休みの食堂。
向かいに座って箸を進めていた緋那が、和泉の後ろを睨んで呻いた。何やら周囲が騒がしい。
気になって和泉も振り向けば、そこには人混みより一つ飛び抜けた赤髪が見えた。
確か、初日に緋那と言い合っていた、カガミとかいう生徒だ。
食事を受け取るために、誰かとカウンターに並んで待っているらしい。喋っているのか、目線が下を向いている。心なしか苦い表情をしていた。
「……どこがぶりっ子?」
顔を見て真面目に聞き直してきた和泉に、緋那は盛大なため息をつく。
「バカガミじゃねーよ。その前だって、前」
「前?」
促されて、カガミの前……つまり、彼が話しているであろう人物を和泉は見た。
緋那が箸で指し示した先には、空色と黒の髪が揺れている。
そこにいたのは、黒子と白河の二人だった。
無表情な黒子と対照的に、白河の表情はくるくると変わる。若干オーバーリアクション気味なその振る舞いは、言われてみればぶりっ子に見えなくもない。
傾げた小首、きれいに吊り上がった口角、いたずらっぽく目が細められたかと思えば、次の瞬間には子供っぽく歯を見せて笑う。そうして時折、拗ねたように唇を尖らせてみたりする。
会話は聞こえないが、何やらカガミを黒子と白河がいじっているようだった。