第5章 お祈りはいつも届かない
「それで、聞きたいことがあって訪ねたんだ」
まだところどころ段ボールの積んである高尾の部屋を軽く見回した後、ツクモはこう切り出した。
「聞きたいこと?」
「今日、彼女に会っただろう」
「あぁ、アイツね」
自分が幼いころに「守れ」と言われた女子のことは、何故かツクモも知っていた。
彼もちょっとした関係者らしく、今ではすっかり代名詞だけで、誰のことだか通じる。
「どう見えた?」
ベッドを波打たせながら座りなおしたツクモは、彼女の様子が知りたいようだった。
一日を振り返り、高尾は感じたままを口にする。
「正直、あれで大丈夫なのかなーとは思った」
彼女に頼みたいことがある、とツクモが語ったのは、いつのことだっただろうか。
「なんかこう、ふにゃーっとしてたし、頼りがいは……あぁでも、案外あれはあれで大丈夫……?」
「ふにゃーっと、か」
その頼み事は、内容を聞かされた高尾にも、重労働と思えるような事柄で。
しかし、それを達成できる人物は彼女しかいないという。
「ふにゃっとしてたのか……」
その当の人物が、あまり頼りにならなさそうだと聞いたツクモは、考え込むような表情に変わる。
ふざけた語感のセリフを、かなり深刻な声音で繰り返す彼の姿は、それはそれで笑いを誘うものがあった。
だが今は夜で、ここは数ある寮の中でも厳しいほうだと有名な秀徳寮である。それに、話の内容も笑い事ではない。
迂闊に大声を出すわけにもいかず、高尾は唇を引き締めて腹筋だけを震わせた。
しばしの黙考を打ち切ったツクモが「しばらく様子見を頼む」を提案したとき、既に高尾は、笑いを噛み殺しすぎて疲労困憊していた。
「こんだけ笑うの我慢したの、久しぶりだわ」
ベッドに突っ伏したまま、俺この寮でやってけるかな、と早くも弱気になる高尾の背中を、ツクモは軽くさすってやる。
「笑えるうちに笑っておくといい。今に笑えない事態になる」
「もうなりかけてるよなソレ?」
「彼女が頼りない件もそうだが、これからキセキが無様を晒すぞ」
そのツクモの言葉に、高尾は顔を上げて彼を見た。
「マジで」
「マジだ」
だが、とツクモは続ける。
「俺のせいでもあるから、あまりキセキには失望しないでやってほしい」
頼めるかというツクモの問いに、高尾は勿論、と頷いた。
高尾の新学期初日の夜は、こうして更けていった。