第5章 お祈りはいつも届かない
初めの一年を何とか乗り越え、緑間の人柄もだいたい把握し、その奇行にも慣れてきたころの事である。
その日は緑間の用事に付き合い外出していたのだが、運悪くゲリラ豪雨に襲われ、二人仲良くずぶ濡れになった。
元々雨に対する備えはしてあったのだが、数々の不幸な巡り合わせに見舞われ、全てがダメになってしまったのだ。
確か、その日のニュース番組「おは朝」の星座占いでは、緑間のかに座、高尾のさそり座共々、下位をマークしていた覚えがある。
それが祟ったのかは判らないが、体を冷やした緑間は例によって昏倒した。
高尾は公園の東屋に自分より一回り大きな緑間を引っ張りこむと、いつもの通りできるだけ身を寄せて、迎えが来るまで温めていた。
すると、不意に緑間の体温が上がった気配がする。
あれ? と思って様子を確かめると、緑間は高尾の肩に体重を預けたまま、目を覚ましていた。
そして、「度がきついな……」と呟くと、高尾から身を離し、眼鏡を外して鼻の頭を揉み始めた。
高尾はそこで違和感を抱いた。
彼の知る緑間は、眼鏡が無いと半径一メートル以内の物も見えないほど、目が悪い。
眼鏡の度も当然きついのだが、緑間が口にした感想は、度のキツい眼鏡を借り受けた「普通の視力の人間」が抱くべきものだ。
何かおかしい。
ぽかんと凝視する高尾の前で、緑間は眼鏡の蔓を畳むと、しぱしぱと眩しそうに瞬きをした。
長い睫毛が動くのを見て、高尾は「真ちゃん、大丈夫?」と口を開きかけたのだが、次の瞬間、息を呑む。
緑間の瞳が、赤く染まっている。
「……え、誰お前」
心配より先に、高尾はそんな一言を口にしていた。
緑間モドキはキョトンとした顔で、隣に座る高尾を見つめる。
すぐに何か思い出したような表情に変わった緑間を見て、高尾は緑間の表情筋が未知の動きをしていることに若干引いた。
「何から話せばいいかな」
普段の緑間よりワントーン明るめの、しかも硬質さが失われた声音を使われて、高尾は更に引いた。
が、普段は仏頂面をかましている緑間が、一応こんな表情もできるらしいという事実は、同時に高尾の笑いのツボもくすぐった。
その後、脈絡もなく爆笑し始めた高尾に質問責めされ、今度は赤目の彼が引く側に回った。
緑間がこの事を全く覚えていないということも、後に高尾を笑い転げさせるのに十分な威力を持っていたのは、言うまでもない。