第5章 お祈りはいつも届かない
ツクモと高尾が最初に出会ったのは、中学二年の夏ごろである。
高尾が緑間のお目付け役に指名された背景には、緑間の家に代々伝わる、厄介な体質が関わっていた。
赤司家が『人魚』と呼ばれる血統を代々引き継ぐように、緑間家も『蛟』という血筋を現代に繋いできた家の筆頭である。
みずち、という名前は、古代日本語における「水の霊」という意味を持ち、現在では龍の一種とも言われている。
緑間と同じく、『蛟』の血を引き継ぐ実渕家の苗字の由来ともなったこの血統には、そんな名前に相応しい特徴が備わっていた。
水棲の変温動物よろしく、体温が外気の影響を受けやすい、というものだ。
周囲の気温が上がれば体温が上がり、冷たいプールに入ろうものなら、体温が水と同じレベルまで下がる。
この体質は、純粋な『蛟』の人間であればあるほど色濃く表れるのだが、更に緑間は〈とある事情〉から、その体質に拍車がかかっている状態にあった。
だが、人間は変温動物ではない。
体温が一定のラインより下がりすぎても、上がりすぎても死ぬようにできている。
ちょっと死ぬかも、というレベルにまで体温が下がると、緑間は気絶して、疑似的な冬眠状態に入る。
そしてそのまま、無意識に暖かいものを探してふらふらするという、ちょっとした夢遊病も発症した。
意識がないまま使用人をベッドに引っ張りこんで、抱き枕にしたまま目が覚めた、なんてことが、何度もあったそうだ。
しかし、緑間は家の跡を継ぐべき人間である。
意識がないうちに、なんやかんやの間違いを起こしました、などという事があってはならない。
そこで信頼できる部下の身内の中から、緑間と年も近く、気が配れて、相性のいい男性を探した結果、白羽の矢が立ったのが高尾だった。
そんな理由から、高尾は緑間のお目付け役という名目で、彼の体温調節係として指名されたのだ。
緑間が寒がれば、凍え死なないように自らの体温を分け与え、暑がれば、発熱しないように適正ラインまで冷やしてやる。
緑間自身が体調管理に細心の注意を払っていたこともあり、高尾の出番はといえば、どうしようもなく寒いときに、義務的に抱きしめられて、湯たんぽ代わりに温めてやるくらいだったが、それもだいぶ慣れてきてからの話だ。
初めのうちは気づくのに遅れて、ふらふらしている緑間を高尾が慌ててとっ捕まえる一幕も、幾度かあった。