第4章 気になるあの子
悪意の有無にかかわらず、和泉が何度も他人に騙される姿を、緋那は中等部の時から度々目にしていた。
危なっかしくて、とてもではないが放っておけない。
まして、常に厄介ごとが周囲に渦巻いているキセキの中に、一人取り残していくだなんて、土台無理だ。
正直、赤司なら和泉を守ってくれるのではないかと淡い期待はしていたが、それもつい今朝、無残に打ち砕かれた。
記憶の無い、名ばかりの恋人。親友を任せるには、いささか不安が残る肩書だ。
せめてもの救いといえば、和泉と同じ寮になれたことくらいだった。
サルは気楽でいいよな、と緋那は渋面を作る。
先祖返りにでもならない限り、こういう階級間の心配事なんて、一切ないんだから。
先祖返り。
その単語を引き金にして、緋那は「あっ」と無意識に声を上げた。
「どうした」
緑間が怪訝そうに尋ねる。
だが、声を掛けられたのは緋那ではなかった。
緑間の視線の先、控えめに開いた教室の扉の隙間で、黄瀬の笑顔が光っていた。
そして黄瀬のみぞおちより少し下のあたりから、おずおずと和泉もこちらを覗き込んでいる。
どうやら考え事をしている間に、ノックを聞き逃していたらしい。
「あのね、一緒に帰ろうと思って、ずっと待ってたの」
だめかな、と和泉が上目遣いで一同を見る。
赤司が全員をぐるりと見渡した。誰も異論を唱えないのを確認して、大きく頷く。
「いいだろう」
不安げだった和泉の表情が明るくなった。
「良かったっスね」と黄瀬の手が和泉の頭に伸びるのを、「待て」と赤司が制止する。
「気安く僕の恋人に触れないでもらおうか、涼太」
「え、あ、あかしくん!?」
ぼっ、と音が出そうな勢いで和泉の顔が沸騰した。
あれ、赤司ってこんなデレ方したっけ?
おそらく同じことを考えていたであろう黄瀬と、拍子抜けした緋那の視線がかちあう。
普段はいけ好かない奴だが、今だけならアイコンタクトだけで具体的な意思疎通さえできそうだ。
一方、いきなりの事に噛みまくる和泉に、赤司は穏やかな笑みを向けた。
「何かおかしな事でも言ったか?」
「い、言ってないよ! 言ってないけど……」
ごにょごにょと和泉の言葉尻が窄んでいく。