第4章 気になるあの子
青峰を煽る言動をどうかと思いながらも、桃井は誠凛寮が最近できたばかりの寮舎という知識を、頭の中から引っ張り出した。確か、所属している生徒も二年生しかいなかったはずだ。
青峰共々、桃井が所属することになった桐皇寮より新設の誠凛は、工事の関係で寮区の外縁部に位置していた。
そこは話題になるほど広い寮区の端、つまり最も校舎から遠い位置。行き来するには、自転車を使ってもそれなりの時間が掛かる。
思い至って、桃井はふと強烈な違和感に襲われた。
「さて、ここでひとつ問題です」
ふにゃりと笑う女子生徒の言葉に、火神が疑問符を浮かべた。
「あ、色白のほうがカガミくんか」と呟いた彼女の手に、通学鞄は無い。
「その一、今すぐ喧嘩で鬱憤を晴らして、先輩を待たせて、みんなのヒンシュクを買いつつ寮生活をスタートする」
通例として、「色付き」と呼ばれる家の子息、つまり今年でいうキセキの家柄の面々は、寮区の中でも校舎に近い寮に入れられることが多い。赤司はその筆頭だ。
しかし今回、青峰と桃井は「ある理由」から特例として、寮区の外側寄りの桐皇に所属することになった。
そのため桃井は、寮から校舎に至るまでどのくらいの時間を要するか、今朝に実感している。
青峰が半分寝ていたこともあったが、桐皇から校舎までは、桃井の予想よりも遠く思えた。
「その二、今からダッシュで帰るぐらいして誠意を見せる」
それ以上に時間が掛かるはずの誠凛から、女子生徒は「迎えに来た」と言っていた。
鞄がないのも、おそらく寮に置いてきたと考えるべきだろう。
桃井は腕時計に目を落とし、校舎から誠凛へ行って、再び戻ってくるまでの時間を概算する。
女子生徒のクラスがかなり早く終わったと仮定しても、この教室で先ほどまで繰り広げられていた騒動の時間を差し引いても、計算が合わない。
違和感の正体が分かった。
計算上、全力疾走でもしたのかと疑ってしまうような速度で、女子生徒は寮と校舎の間を一往復していた。
だが、当の本人に疲れた様子は無い。
「カガミよカガミ、あなたが今から取るべき行動はどーっちだ?」
二択を突き付けられた火神は、青峰と女子生徒の顔を見比べると、頭をがしがしと強く掻く。
女子生徒はしばらく、鞄に諸々を乱暴にしまい始めた火神を見ていたが、怪訝そうな桃井の視線に気づくと、人差し指を唇の前に立て、微笑んだ。