第4章 気になるあの子
チャイコフスキー作曲のバレエ音楽、「くるみ割り人形」。
中でも特に有名な曲の一つに、行進曲がある。
その出だしのフレーズと全く同じリズムで叩かれた扉は、緋那と火神への不意打ちとして、十分すぎるほどに機能した。
いや、二人だけではない。その場にいた誰もが、統率された軍隊のような動きで扉へ注意を向ける。
さして間を置かずにそこに現れたのは、小柄な女子生徒だった。ぴんと背筋の伸びた立ち姿に反して、どこか眠たげなその表情には、緊張感の欠片も見あたらない。
真新しい制服で、新入生だろうとは伺える。それ以上に、首もとの小豆色のネクタイが、彼女が猿人であることを示していた。
なぜ、先祖返りでもない猿人がここにいる。
通常、猿人は入試の時点で落とされるはずだ。黒子のような特例でもない限り、入学は許されない。
眉をしかめた緑間に気付かず、彼女は片手を扉にかけたまま、しばらく教室を見回していたが、やがて教室の中央で睨みあっていた二人に目を止めた。
顎に指をやり、少し考えるように小首を傾げる。
「……何の用?」
最初のうちは呆気にとられて生徒を見つめていた緋那が、不機嫌さを隠そうともせずに問いかけた。
明らかな苛立ちの雰囲気に怯んだ様子もなく、女子生徒は答える。
「えーっと、人探しに来たんですけどぉ」
ちんたらした口調に緋那の苛立ちが加速したこともどこ吹く風で、女子生徒は緋那と火神を見比べた。
「これって、もしかして二人のお邪魔、しちゃったのかなぁって。なんだかごめんね?」
「……は?」
「あ、別に男の子同士だからって、否定しようとかそんなんじゃないんだよ? でもいいよねぇ、クラス一丸でカップルを応援するのってさぁ」
青春だねぇ、と微笑ましそうに続ける女子生徒に、緋那は思わず絶句する。
別に、制服はスカートでなくスラックスを選択しているし、男にみられたことは一向に構わない。
弱く思われるのは嫌いな緋那にとって、男と勘違いされたのはむしろ喜ばしいことだった。
問題はその次の言葉だ。
「誰がこんな奴とカップルだ!」
こんな奴、と言いながらまっすぐ火神を指さして、緋那が怒鳴る。
「あれ!? 違うの?」
「こンの野郎……っ」
大真面目に驚いた女子生徒に、緋那は一瞬、殺意さえ覚えかけた。