第4章 気になるあの子
野生の獣を相手にしているような、そんな心地がする。
教室の中央で、あかがね色の髪をした男子と睨みあいながら、緋那はひしひしとそんな空気を感じていた。
だが、引くつもりは無い。
相手の発する威圧感に負けじと、正面から顔を睨む。
見上げていると首が疲れるほどの身長差が、この最低な野郎に正攻法では逆立ちしても勝てないと如実に表しているようで、そのことも緋那の神経を逆撫でする。
噛みしめた口の中で、犬歯が伸びてきたのが分かった。
このまま苛立ちを募らせれば、じきに緋那の耳はネコ科の物に変わり、尻尾も生えるだろう。
だが、相手も似たようなものだった。
前髪の下から鈍い光でこちらを射る紅の目は、切れ長の瞳孔が走った獣のものに変化している。
髪の色と相反するような薄群青のネクタイは、青峰や緋那自身も使っているものだ。
それを付けている所から察するに、この火神大我という奴も完全にキレれば、ネコ科の動物に変身する、『猫又』と呼ばれる人種であることに違いなかった。
感情が昂ぶれば、人間は動物の姿に変わる。それはこの世界における常識だ。
それは各々の魂の姿で、人前で完全な動物の姿を晒すことは即ち、全裸を晒すにも等しい恥だった。
それを今、緋那は相手に強いようとしている。
よりにもよって、同じ『猫又』の格上相手に。
周囲の目があり、それ以前に緋那と火神の間には男女の差がある。
火神が暴力など振るえないような状況を盾に、反抗的な態度を取って、ひたすら煽ることで、緋那は火神の苛立ちを募らせ、真っ裸にしてやろうと画策していた。
ただでさえ、格下からナメられることなんて滅多にない重種様だ。
さらに煽りに乗ったと周囲に知られれば、どんな精神的なダメージが与えられるか。
こちらも傷を負う可能性はゼロではないが、そんな危険を冒してまで緋那がこんな喧嘩を売ったのは、火神がキセキを馬鹿にしたという、その理由にあった。
ただそれぞれの家に、重種に産まれてしまったというだけで、いったいキセキがどれ程の物を課せられてきたのか、全く知らないくせに。
悔しさに噛んだ唇に、鋭い犬歯がめり込む。
誰かが生唾を呑む音さえ聞こえそうだ。
そんな教室に、場違いなほどリズミカルなノックの音が響いたのは、その時だった。