第4章 気になるあの子
その一言を契機に、見向きもされなかった空間に忽然と人が現れる。
投げかけられた数多の視線で、急速に輪郭を得た彼の髪は、窓の外の空をそのまま写し取ったような青さをしていた。
うそでしょ?
擦れた和泉の呟きは音にすらならず、どっと押し寄せた驚愕のざわめきに掻き消える。
「はいはーい! ちょっと静かにしようぜー」
蜂の巣を突いたような騒ぎに陥った生徒を拍手と共に宥めたのは、教師ではなく高尾の一声だった。
「落ち着いたところで、自己紹介どうぞ」
「ありがとうございます」
徐々に凪いでいく教室の中、二人の会話は和泉の耳にも届いた。
別に良いってそんな、と笑う高尾に軽く頭を下げてから、黒子は席から立ち上がる。
こちらを捉えた眼差しに、一瞬和泉はたじろいだ。
が、すぐにそれは黄瀬への物だと気づく。
「黄瀬くんもです、ありがとうございました」
「今更水くさいっスよ。黒子っち見つけるのは、オレの役目みたいなもんじゃないスか」
「それもそうですね」
少し眉尻を下げて、困ったように黒子が微笑む。
それだけで和泉は、雷に打たれたような心地がした。
彼に会わなかった時間は、赤司と離れていた時間よりも長い。
最近といっても数か月前の、黒子といた記憶を掘り起こしてみても、黒子は生気を失ったような表情だった覚えしかない。
ここまで元気になってたなんて、一体、何があったんだろう。
赤司も黒子も、和泉の知らぬうちに、急速に彼女から遠い場所へと離れてしまったようだった。
だから、初対面の人を相手にするように、彼女は黒子の自己紹介に耳を傾ける。
そこに自分の知らない情報が一言一句でも交じっていないか、注意を払いながら。
「誠凛寮所属の、黒子テツヤです。読書が好きです。宜しくお願いします」
お騒がせしましたという一言も忘れずに付け加えた黒子は、そのまま席についた。
騒がしい前振りの割に、あっさりした自己紹介に、クラスの一部の生徒は顔を見合わせる。
それだけ? もっと何かないの?
そんな囁きが今にも聞こえてきそうな雰囲気をぶち壊すように、今度は高尾が勢いよく立ち上がる。
そんじゃ、ちゃっちゃと行きまーす! と宣言した彼はテンション高めに紹介を終える。その後は何事もなかったかのように、ぎこちない自己紹介のリレーは続いた。