第4章 気になるあの子
「すみません」
そんなやり取りが終わるのを待っていたかのように、控えめな声が空気を揺らす。
白河、ではない。
彼女よりもいくらか低くて、それでいてあどけなさの残った、穏やかな声。
だが、その声に気づいた生徒は、ほんの数人しかいなかったし、聞こえた生徒も、声の主が見当たらないものだから、空耳として片付けてしまった。
黄瀬涼太を含む、三人を除いては。
声の主に思い当たって、黄瀬は殆ど反射的に立ち上がりかけ、そして気力で踏みとどまった。
半端に動いた椅子の脚に蹴立てられて、タイル張りの床が耳障りに鳴る。
「……黄瀬くん?」
和泉の心配そうな様子を肌で感じ取るが、あいにく今の黄瀬にそれに応える余裕は無かった。
ぐるりを見渡せば、教室中の誰もかれもが、自分を見つめている。
仕事上、見られることには慣れているが、軽くホラーだな、この状況。
あはは、と笑いで失態を誤魔化しつつ、黄瀬は横目で窓際の席を確認した。
「どうした黄瀬、具合でも悪いのか」
「いやぁ、そうじゃないんスけど……」
どうして今まで気づかなかったのだろう。
窓際の列だけ、一つ机の数が多かったことに。
プリントの白紙申告や、とぼけた自己紹介。
それ以前に、まず居るだけで異質なサルの存在感に霞んでしまったけれど、先ほどの声の主の席は、白河の後ろに、ぽつねんと存在していた。
ただ、誰も気づいていないから、白河がその列の最後尾と勘違いされていただけだ。
さっき高尾がすぐ自己紹介に移らなかったのも、彼と白河が後ろを振り向いた理由にも、納得がいった。
あれだけ近い位置に座っている二人だけは、自分の後ろに人がいるとわかっていたのだ。
席の数と、ついでに周囲の視線を釘づけにしていることを再認識した上で、聞かれてもいないセリフを続ける。
「ちょっと、自己紹介の順番抜かしてるなーって教えようとしたら、足、滑っちゃって」
飛び切りの笑顔を浮かべてみれば、教室のどこかで誰かが息を呑む音が聞こえた。たぶん女子だろう。
その笑顔を今度は例の席に向けて、黄瀬は明るく言い放った。
「なんか出番取っちゃったみたいでごめんね、黒子っち!」