第4章 気になるあの子
この学校の生徒には、階級が存在する。
階級は遺伝によって決まり、一生変わることはない。
そのため、待遇の改善を望む下流階級の生徒は、上流階級の生徒とお近づきになって、積極的にその庇護下に入ろうとした。
中等部時代、最高階級である『キセキの世代』の恋人の座を巡り、幾度と無く小競り合いがあったことを、和泉はハッキリと覚えている。
それも黒子がいた間は落ち着いていたが、彼が学校に来なくなってからは、再びギスギスした空気に戻り始めていた。
そして、高等部から入ってきた生徒の大半は、内部進学してきた生徒より、家格も階級も劣る者たちだ。
故に『キセキ』を求める思いは、中等部の生徒よりも強い。
争いの激化は、目に見えている。
いじめとか、起きないといいんだけど……。
講堂の壇上で新入生代表の挨拶をする赤司を見つめながら、早くも和泉は学園生活に不安を抱いていた。
和泉自身はキセキと親交もある上、赤司がついているため、特に心配はない。
だが、全く後ろ盾のない生徒だって存在する。
和泉はそっと赤司から視線を外し、斜め前に座る女子生徒の様子を伺う。
驚くことに、式が始まって以来、女子生徒の美しい姿勢は一向に崩れる気配を見せなかった。
注意散漫になったり、浮き足立っている生徒の中で、周囲に緊張の糸を張って、ただ静かに息をしている。
それだけなのに、彼女はキセキに勝るとも劣らない数の視線を集めていた。
好奇と侮蔑、憐憫が多分に含まれている、数え切れない針のような視線。キセキに向けられるものとは逆の、決して歓迎されるべきではない代物。
「ねえ、あの子、サルだよね」
和泉の耳は、そんな囁き声を拾った。
『サル』。最下級より更に下の、まず階級の存在すら知らない人間を指す蔑称だ。
本来なら、帝光に入学することを許されない人種。
世界の総人口の七割を占める『猿人』のことを、格下に見る人間は『サル』と呼ぶ。
『猿人』は自分たちがサルということにも、階級の存在にも気付くことはない。脳が猿人以外の人類に関わる情報を、勝手にシャットアウトしてしまうから。
向けられる罵声と悪意。
彼女の背中は小揺るぎもせず、沈黙で以てそれらを捻じ伏せている。
僅かに見えた彼女の瞳が、和泉には少し瞬いたように思えた。