第3章 水泡に口付ける
「そうでなくては」
遠く離れた、寮区のとある広場。
噴水の縁に腰掛け、将棋の駒を投げ上げてはキャッチしながら、中空を見つめる白髪の少年は微笑んだ。
「何が見えたか知らんが、随分と機嫌が良いな、ツクモ」
やや離れたベンチから、呆れたような声が少年に向けられる。
声の主は、色素の薄い髪をし、帝光の制服に身を包んだ、長身の青年だ。
彼は手元の文庫本に視線を戻し、返事を待つようにページを繰った。
「ええ、それなりに」
ツクモと呼ばれた少年は手遊びを止めて、青年を見た。
細められた瞳は、血のように赤い。
「皆元和泉が、洛山に行くようなので」
いよいよか。
静かな高揚と共に時計の蓋をそっと撫で、ツクモは呟いた。
蓋に浮き彫りにされた、繊細な細工の林檎の図案に、白い指が這う。
「それにしても、オレみたいな奴まで巻き込むってことは、本気でキセキの『呪い』を解くつもりなんだな」
「……そうしたいのは山々ですが」
本を閉じ、前のめりに座り直した青年の傍らには、細長い袋が立てかけてある。
その中身の、以前の使い手のことを思い返しながら、ツクモは肩を竦めてみせた。
「第一段階として、まず『彼女』が役目に相応しいかどうか、試さなくてはいけません」
遠くから、時計台の鐘の音がする。
どうやら入学式が始まったようだ。
「そして、相応しかったその時は」
真っ直ぐにこちらを見据える赤い瞳に、ただ青年は察した。
「オレが彼女を女王の座に連れて行きます」
この鐘が彼にとって、開戦の合図だということを。