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【黒バス】フェアーテールの前日譚【パラレル】

第3章 水泡に口付ける


「和泉を傷つけることは、わかっている」

緋那の殺意に似た視線も正面から受け止めて、彼は言う。

「それでも僕は、彼女と過ごしていた記憶を取り戻したい」

これが自分の我儘ということは、承知の上だ。

だから今日、赤司はこうして和泉を呼んだ。
確証もないこの我儘に巻き込まれる覚悟があるか、自ら彼女に問うために。


「君が選べ、皆元和泉」

まだ、今なら、間に合う。

「僕と共に洛山へ来るか、それとも誠凛に戻るか」


どちらを選ぼうとも、止めるつもりはない。
だが、第三の選択肢も、無い。

二つに一つだ。
琥珀色の双眸が、そう和泉に告げている。





ふと、和泉の脳裏に、あの日の病室の光景が去来した。

目の前で眠る赤司の姿。
不意に肩に置かれた、やさしい手の感触。そして。

『好きなんだろ』

自分を勇気づけた、あの言葉。


『――だったら信じて、待っててやれよ』




肩を抱く緋那の手に、和泉は自分の手のひらを、そっと重ねた。

「和泉……」
「大丈夫だよ、緋那ちゃん」

固く握られた指を剥がしながら、和泉は笑ってみせる。

「もう、大丈夫だから」

支えなら、あの時に貰ったから。
覚束ない足取りで、それでもしっかりと、和泉は立ち上がった。

泣いても喚いても、起こったことは覆らない。
ならば、私は私にできることを、するしかない。

どうしてこんな、簡単なことを忘れていたんだろう。
いったい何を絶望することがあるだろう。


ただ少し、彼を待つ時間が伸びただけだというのに。


ぎゅっと胸元で手を握り、和泉は小さく深呼吸した。
震える拳を隠すように、もう片方の手を被せる。

「わたし」

そうして一歩、和泉は彼のほうへと進み出た。
制止しようと伸ばされた緋那の手が、虚しく宙を掻いたことも知らず。

きっと、傷つく。
だが不安はない。

緋那ちゃんがいて、赤司くんもいる。
だからきっと、大丈夫。



「洛山に行きます」







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