第3章 水泡に口付ける
あまりにはっきりと言葉にされて、逃げ場を失った和泉の胸はきりきりと痛んだ。
せめて泣かないようにするのに精一杯な和泉の肩を抱いたまま、緋那は赤司を睨みつける。
「どうしてそんな事を黙ってた?」
「無用な混乱を避けるためだ」
歯牙にもかけず、赤司は続けた。
「そう結論を急くな、小原。この件にはまだ続きがある」
「続き……?」
「春休み中、入る予定の寮が誠凛から洛山に変更されただろう」
通常は、高校からの生徒は合格通知、内部進学の生徒は中等部の卒業証書と共に、どの寮に割り当てられたかの通知がされる。
春休みの間に、生徒は各々、入寮への準備を整えるのだ。
和泉と緋那もそれに倣って、誠凛寮に入る準備を着々と進めていた。
しかし春休みの途中、急遽洛山への移動が決まり、部屋に合わせた収納などを買いなおす羽目になってしまい、あわただしく準備を済ませた経緯がある。
しかし、彼女たちの家の者は、祝いこそすれ不満には思わなかった。
洛山寮。
高等部の開設当初から存在する数少ない寮であり、かねてより優秀な生徒が多く配置されると囁かれている寮だ。
一番初めに入る寮は学校側が決定するため、入学早々洛山寮に入れる生徒はつまり、学校公認の優等生ということになる。
「お前たちを洛山に呼んだのは僕だ」
そしてもうひとつ、洛山寮には伝統があった。
『赤司家』をはじめとした、『人魚』と呼ばれる血筋の者は、必ず洛山で三年を過ごす、というものだ。
洛山に呼ばれたときは、大したとりえもない自分が何故呼ばれたのか不思議ではあったが、和泉は緋那と、そして赤司と一緒にいられることを喜んだ。
しかし今、この状況は悪夢でしかない。
自分を忘れた恋人と、これから毎日顔を突き合わせて暮らせというのか。
行き先のなくなった気持ちを抱えたまま、あの頃の彼がいないという現実を痛感させられながら。
これでは死別よりたちが悪い。
生きている分、諦めがつかない。
「おおかた記憶を呼び覚ますため、ってとこだろうが」
緋那が、唸るように声を絞り出した。和泉の肩に、強く指が食い込む。
「さすがに酷すぎやしねーか、赤司」