第3章 水泡に口付ける
「赤司くん!」
駆け寄ろうとした和泉だが、それは叶わなかった。
「ゴメ~ン、ちょおおっと待ってくんない」
「わぷっ」
赤司の後ろに控えていた巨体の持ち主が、前に進み出て和泉を阻んだのだ。
ぶつかりそうになって急ブレーキを掛けたが間に合わず、和泉はそのまま、相手の鳩尾あたりにぽすっと顔を埋めることになった。
抱き止められた体制のままで顔を上げれば、これまた何ヶ月かぶりに会う人物が、和泉を見下ろしていた。
「む、紫原くん……」
「んー、久しぶりー」
紫原と呼ばれた巨体の持ち主は、間延びした声で挨拶を返す。
新学期を迎えても、彼の緩さは相変わらずのようだった。
そういえば、どうして止められたんだろう?
紫原に抱き止められた体勢のまま、ふと和泉はそんなことに思い当たる。
そして、こちらに目もくれずにキセキへ歩み寄る赤司の姿を視界に捉えた。
何かおかしい。
駆け寄る前、目が合ったはずだし、私がここにいるのにも気づいているはずなのに。
紫原から身を離して、和泉は赤司の背中を見つめた。
「久しぶりだね」
凛とした声で、赤司はキセキに語り掛ける。
「真太郎、大輝、さつき、また会えて嬉しいよ。それから……」
再会の言葉というよりも、まるで事務的な確認のように名前を呼んでいく。
まるで感慨のない挨拶に、和泉と同じく無視をされた緋那が、苛立ちを滲ませた表情をしていた。
「君が小原緋那で間違いないかな」
「……は?」
待たされた挙げ句、この初対面のような一言。
キレかかっている緋那を宥めようと慌てる和泉を、紫原は大きな掌で制した。
「ちょっとー、赤ちーん」
「あぁ、そちらにもいたね」
紫原ののんびりした声が、一触即発の空気をすぐにうやむやにする。
こちらに振り向いた赤司は、和泉が最後に見たときよりも、前髪が短くなっていた。
なんだか、両目の色が薄くなっているのは気のせいだろうか。
何故だろう。
あれだけ会いたかったはずなのに、今は嫌な予感しかしない。
濁りない黄色の双眸をまっすぐ向けて、赤司は和泉に向かって問うた。
「君の名前を、教えてくれないか」
心臓が凍ったような気がした。