第3章 水泡に口付ける
「それじゃあオレも、この辺で」
さすがの黄瀬ファンも赤司は怖いと見えて、いつの間にか潮が引くように校舎へと消えていた。
「……やっぱもう一回ぎゅってしても」
「うっせえ早く行け」
「ヒドっ!」
青峰のすげない却下にショックを受ける黄瀬。
こんなやりとりも、黄瀬の頭に見える犬の耳も、以前目にしたのは遠い昔のような気がする。
また後でね、と校舎に向かう黄瀬に手を振りながら、日常が戻ってきたんだなぁ、と和泉は実感した。
そういえば、最後に赤司を見たのは、ペンダントをもらう前のお見舞いの時だった。
あの後、急に所属予定の寮が誠凛から洛山に変わったとかで、準備にどたばたしていたせいか、様子を見に行けなかったのだ。
赤司くんにも、ようやく会える。
ペンダントを貰えたことは素直に嬉しかったが、どうせなら彼の口から答えを聞きたかった。
前は隣にいられるだけで幸せだったのに、どうやら自分はどんどん欲張りになっているらしい。
肌寒さも気にせず感慨に耽る和泉に、横合いから緋那が突っ込んだ。
「和泉、にやけてる」
「え!?」
「浮かれるのはわかるけど、あんまり気抜くなよ」
ただでさえ素が出やすいんだから、と言われて、和泉は反省する。仕方のないことだが、いつも以上に浮足立っている自覚はあった。
しかしどんな理由があろうとも、帝光において、素の自分を丸出しにして振る舞うことは、全裸を晒すに等しい恥といわれている。
自制しなくちゃとは思うのだが、どうしても口元は緩んでしまった。
制服の上から、うるさい心臓を宥めるようにペンダントを抑える。
「和泉ちゃん、素直だもんね」
「お前はもう少し慎みを持つべきなのだよ」
「ちょっと、ミドリン!」
「おい」
桃井のフォローを緑間が台無しにしたところで、不意に青峰が会話に割って入った。
「来たぜ」
つかの間の静寂。
「すまない、待たせたね」
待ち望んだ彼の声に、和泉は表情を輝かせた。