第3章 水泡に口付ける
どうして。
緋那の脳裏に、そんな言葉が浮かぶ。
あの空色は、おそらく黒子だ。
緑間は高尾に、キセキのことを話していた、と言っていた。
だから、高校から入学してきた高尾が、黒子のことを知っているのはおかしくない。
しかし、あの『キセキ』でさえ見失うほど、黒子は気配を消すことに長けている。
自分がさっき見つけられたのも、たまたま目線の先を黒子が通ったからだ。でなければ見落としていた。
だというのに、どうして黒子に気付けたんだ、こいつは。
「……なあ」
疑問の視線を投げる緋那に向けて、高尾が神妙に口を開いた。
「オレ、今ちょっとすごいの見ちゃったんだけど」
口調に身構えた割に、軽い内容の発言をされて、緋那はやや拍子抜けする。
うん、すごいな。
『先祖返り』だろ、発生確率がだいたい五十年に一度くらいだもんな。
とは言ってやらない。
「へえ」
「あ、そこスルーしちゃうのな」
あっさりと先刻までの調子を取り戻した高尾の言葉を、緋那は軽く流す。
どうして黒子に気付けたのかと問おうとした彼女の肌に、ふわりと冷たい気配が触れたのはその時だった。
覚えのある感覚に、思わず緋那は身を固くする。
心なしか肌寒くなったような気がして、高尾も無意識に腕のあたりをさすった。
春風に混ざって、どこからか氷のような空気が流れ込んでくる。
この気配は、赤司だ。
「これ、そろそろお暇したほうが良い感じ?」
高尾も気配の主を察したらしく、一応確認を取ってきた。
「呼ばれてないならそうすれば?」
赤司が顔見せに呼んだのは、『キセキ』、つまり灰崎と緑間に青峰、それから桃井と紫原。
あと『キセキ』じゃないが、追加で俺と和泉だけだ。
で、俺は多分、腹立たしいが、和泉のオマケだろう。
そうこうしている間にも、足元から水がせり上がってくるような圧迫感は増している。
ただ、その冷たさの中に、紫原の気配もあることを、緋那は嗅ぎ取った。
サボり確定の灰崎以外、ようやく全員揃いそうだ。
「じゃあ、早いとこ退散しますかね」
緑間のことよろしく、と通り過ぎざまに緋那の肩を叩いて、高尾は昇降口へと歩き去る。
見送る緋那に向けて、彼は振り向かずにひらりと手を上げてみせた。