第3章 水泡に口付ける
緋那はというと、一歩引いた位置からその様子を眺めていた。
「あ、そうそう、緋那ちゃんって入る部活、もう決めてんの?」
……訂正、高尾に絡まれていた。
「緋那ちゃんってスポーツ万能だからね、運動部から引っ張りだこなんだよー!」
そして、何故か桃井が自慢げに割って入る。
横で盛り上がる二人を後目に、もうお前らだけで喋っててくれと緋那はうんざりした。
もともとこういう場は好きではない性質だし、なにより高尾のようなタイプは緋那の最も苦手とするところだった。
大人数で群れたり、強い立場の人間にすり寄ったりするような奴は、一番嫌いだ。
一人じゃ何もできませんと公言しているような、甘ったれた人間とは一緒にいたくない。
誰かに頼って何とかしようとする奴に、ただ黙って使われるなんて、緋那は我慢ならなかった。
そして緋那の目には、高尾が「そんな奴」に映っていた。
緑間の世話役だか知らないが、上手く取り入ったもんだと思う。
情報だけは腐るほどあるのに、どうして桃井も気づかないのだろう。
やっぱり、赤司以外のキセキは、全員どこかバカなのかもしれない。
でも俺は騙されたりしない。
いったん決意してしまえば、もう真面目に話す気も起きなくて、高尾のお世辞と質問を、適当に流す。
顔も見たくなくて人混みに目を逸らせば、視界の端を、淡い空色が掠めた。
覚えのある色だ。
まさか、と細心の注意を払って、周囲を眺めまわした。
どこも見落とさないように神経を尖らせて探せば、いた。
しかし、すぐに建物の陰へと隠れてしまう。
「……嘘だろ」
低く発せられたその言葉は、緋那が発したものではなかった。
声の主は、高尾だ。
空色が消えた方を注視していた彼は、緋那の視線に気づいたのか、首だけをめぐらせて、彼女を見た。
あの軽薄そうな笑みが、まるで拭い去られたように消えている。
怯えているような、歓喜を爆発させる一歩手前のような、とにかくただ事ではない表情をしていた。