第3章 水泡に口付ける
「オレ、キセキじゃないから、赤司っちが来たら多分追い出されちゃうし。もうちょっとだけ堪能させて欲しいんス」
ファンが聞いたら卒倒しそうな台詞と共に、柔らかく抱きしめられる。
というか、ちらりと見たギャラリーの中で、既に数人失神しているファンが出ていた。
ふわりと黄瀬の身体から甘い匂いが香りたつ。
黄瀬の胸板を押し返す和泉の手から、やや力が抜けた。
「……あと三秒だけだよ?」
「短い!」
ガーン、とショックを受けたような顔をしても、黄瀬はきちんと三秒後に放してくれた。
こういう紳士な所が、やっぱり人気の秘訣なんだろう。
他愛もない話をしているうちに、青峰と桃井も合流して、久々の再会にいっそう賑やかになる。
緑間に遅いと叱られている青峰を眺めながら、桃井ちゃんが引っ張ってこなかったら、たぶん青峰君も入学式をサボっていたかもしれないな、と和泉は苦笑した。
その頃になってくると、寝起きの青峰の、あからさまに不機嫌そうなオーラに恐れをなしたのか、黄瀬やキセキの世代に興味津々だったギャラリーは、その数を減らしていた。
残るは赤司君と、きっといつものように彼に付き添っているだろう紫原君と、それから。
「呼び出しといて一番最後かよ」
「あいつはそういう奴だろう」
欠伸をかみ殺しながらぼやいた青峰に、お前が言えたことか、と緑間が眉間に皺を寄せる。
色黒で精悍な青峰と、色白で美人な緑間。
二人を見比べて、和泉は先程の黄瀬の発言を思い返した。
帝光の敷地内では、男も女もない。
男女問わず、『キセキ』は憧憬の対象だ。
そして『キセキ』に近しい人間で、彼らに相応しくないと認められた人間は、妬みや嫉み、劣等感や悪意を、まとめて向けられることも珍しくはなかった。
『キセキ』の圧倒的な影響力の他にも、この学校を支配している独特の規則は多い。
学校の『外』の世界とは、常識からして異なっている帝光は、『外』の世界の人間だった黒子の目に、どう映っていたんだろう。
黒子を無意識のうちに探していたことに気づいて、和泉は肩を落とす。
「テツは居ねーのか」
不意に、青峰の呟きが、やけにはっきり聞こえた。
「来てない、みたい」
「……そうか」
和泉の答えに、青峰は目を伏せた。
どこか安堵したように、和泉には見えた。