第3章 水泡に口付ける
《不在着信 皆元和泉》
その表示を見て眉根を寄せた緋那に気づいて、高尾は彼女に声を掛けた。
「何、どうかした?」
「アンタには関係ないだろ」
緋那はスマホの画面を隠すように身を捩ると、高尾を無視して緑間の顔を見上げる。
「ちょっと和泉を探してくる」
「まず居場所を聞いたらどうだ。入れ違いもあり得るだろう」
それもそうか、と着信履歴から電話を掛け直そうとした緋那の耳が、高まった周囲のざわめきを拾ったのはその時だ。
何事かと辺りを見回せば、その場の全員が一点を見つめて囁きあっている。
「緋那ちゃん!」
大量の視線の先には頬を紅潮させ、息を切らせて走って来る和泉がいた。
安心から一気に脱力した緋那とは対照的に、少し離れた位置でファンサービスに勤しんでいた黄瀬は、和泉に気付くと、顔を輝かせる。
「あの子誰?」
「可愛い……」
「お人形さんみたいだね」
「俺、告白しようかな」
それぞれ勝手なことを口々に交わし合いながら、緋那たちを遠巻きに囲んでいた群衆は、和泉に道をあける。
「和泉っち!」
ファンをほっぽり出して、黄瀬が和泉の元に駆け寄る。
「お久しぶりっスね」
「おはよう黄瀬くん! ほんとに久しぶりだね!」
遅れてゴメンね、と手を合わせて謝る和泉に、黄瀬はこれ以上ない笑みを浮かべた。
なんだあいつ、あんな顔できるのか。
普段の営業スマイルは見慣れていた緋那だったが、あんな黄瀬の笑顔は知らない。
隣から、緑間の呆れたような溜息が聞こえた。
「え、なに? 黄瀬くんって和泉ちゃんのこと好きなワケ?」
「さぁ……」
高尾の疑問に、緋那は曖昧に言葉を濁す。
黄瀬の気持ちは知らないが、和泉は赤司一筋だ。どちらにせよ、結果は見えている。
ちらりと高尾の横顔を伺うと、その表情はどこか冷めていた。
「アンタはどうなんだよ」
「え、オレ?」
聞き返されて、高尾の表情は、先ほどまでの明るいものに戻る。
訝しげに睨む緋那の前で、ちょっと考えた末に高尾は結論を出した。
「まぁ、可愛いなーとは思うぜ」
ごくごく普通の回答だった。