第3章 水泡に口付ける
あれは、どういう意味だったんだろう。
抜け道を走りながら、和泉は先刻のウサギくん(仮)の言葉の意味を考えた。
後で本人に聞こうと思い立って、彼の本名を知らないことに気付く。
だけど、ブレザーを着ていたし、寮区にいたのなら、ほぼ学校の関係者であることは疑いようがない。
あの髪と瞳の色も目立ちそうではあるから、入学してから探そう、という結論に和泉が至ったのとほぼ同時に、抜け道が終わった。
どこかに出たのか、と理解するもつかの間。
開けた視界に、ぶわり、桜色が迫る。
圧倒されて、思わず和泉は足を止めた。
瀟洒な石畳の道の両脇に、桜並木が続いている。
大通りに出たようだ。
ここまで来れば、もう迷うことはない。
肩で息をしていたものの、和泉は少しほっとして、周囲を見回した。
大通りの突き当りにある、あの城のような建物が学園だ。
校門の向こうに人だかりを見つけて、あそこが待ち合わせ場所だね、と和泉は再確認する。
見える位置にあるんだし、急がなくちゃ。
幸いなことに、百メートルほどの距離を走る体力なら、ギリギリ残っている。
「……何、あの子」
待ち合わせ場所まで駆け出した和泉を見送って、一人の少女が呟いた。
ぱりっとしたグレーのカッターシャツの首元を、小豆色のネクタイできりりと締めている。
「どうかしたんですか、白河さん」
背後から声をかけられて、白河と呼ばれた少女は肩を跳ねさせる。
振り向くと、空色の髪と瞳をした少年が、そこに立っていた。
「いや、ちょっと……ネクタイの色が選べたらなーって思っただけ」
はぐらかす少女の言葉に、少年は僅かに俯く。
彼のネクタイも、白河の着けているものと同じ色をしていた。
「……そうですね」
少女の豊かな黒髪が、春風になびく。
「ボクもそう思います」
彼らの頭上には、春とは思えないほど澄んだ、青い空が広がっていた。