第3章 水泡に口付ける
「えーっと、何の御用でしょう……」
「いや、済まない。君のことが少し気になってしまってね」
もしかして、これは新手のナンパだろうか。
そこまで思って、和泉は緋那がここにいないことを悔やんだ。
女子だけで遊びにいくと、ほぼ必ずと言っていいほど、見知らぬ人に声を掛けられる。
しかし、スカウトやファッション雑誌のストリートスナップなどは極少数で、大半はナンパ目的だ。
ぐいぐいと迫られて混乱してしまう和泉を落ち着かせ、ナンパ男を追い払ってくれるのは、いつも緋那だった。
この間なんか、いきなり「君は俺の運命の人だ!」と言い出してきた人から、鉄拳でもって助けてくれた。
こういう時、緋那ちゃんはどうお断りしてたっけ。殴る以外で。
考えてみたが、男の人と言い争いになっていたり、凄まれたりしていたことしか思い出せない。
混乱していたせいか、緋那の方まで意識が回っていなかったのだから、この結果は仕方ないのかもしれない。
とりあえず、一人でナンパを振り切るのは、かなり難しいことだけは確かだった。
「気になった、んですか?」
しかし、黙って無視するのもなんだか申し訳なくて、和泉は恐る恐るウサギくん(仮)の顔を覗き込む。
「ああ、ものすごく気になったよ」
ルビーのような瞳が、じっと和泉を見つめ返す。
隣になって気づいたが、ウサギくん(仮)の顔立ちは文句なしに整っていた。
美男子の視線のせいか、頬に熱が集まる。
和泉は思わず両手で顔を抑えた。
「さっきからずっと、君のことばかり目で追ってしまうくらい」
「え、あの」
なんかさっきよりも、顔近くなってませんか……?
たじたじになっている和泉に構わず、目の前の彼は迫ってくる。
「だから俺は思ったんだ。君はもしかして――」
まさかこの人も「運命」とか言い出すんじゃ……。
先日、緋那に撃退されたナンパ男が言っていたことと、台詞があまりにも似通っている。
「あの、その、私」
先日の恐怖が蘇ってきたせいで、うまく喋ることができない。
「――迷子なんじゃないかと」
「…………ソウデス」
それ以外の、何者でもなかった。