第3章 水泡に口付ける
黒い髪に吊り上がり気味の目の男子生徒が、そこにはいた。
体格から見るに、ありふれた中流階級の人間かと察しをつける。
「あ、やっぱり真ちゃんだ」
緋那のそんな失礼な値踏みもつゆ知らず、おーい、とぶんぶん手を振りながらやってきたその声の主に、緑間は渋い顔をした。
「その呼び方はやめろと言っただろう、高尾」
「いーじゃん別に。これから長い付き合いになるんだしさ」
あの神経質で気難しい緑間に、こうも気安く絡む奴がいるなんて。
半ば感心していた緋那の視線に気づいたのか、高尾というらしい男子生徒はこちらに話を振ってきた。
「そんでキミが、小原緋那ちゃんっしょ?」
「……そうだけど」
「オレ高尾和成っつーんだ、よろしくな!」
おいちょっと待て。
なんで俺の名前知ってるんだお前。
というか、なんで女だって解った。
こんな顔、少なくとも去年の帝光……つまり、中等部の同学年にはいなかったはずだ。
一方的に知られていることに、軽く眉をひそめた緋那の様子に気づいたのか、緑間が軽く付け足す。
「オレの従家の人間なのだよ。中学が別だったから、お前と会うことも無かったのだが、たびたび話は聞かせていた」
「そーそー。真ちゃんってば、キセキとか緋那ちゃんとか和泉ちゃんの話ばっかりでさー」
「うるさいのだよ、高尾」
そんなの聞いてない、と口を開きかけた緋那だったが、高尾が言葉を継ぐ方が一瞬早かった。
「あ、そうそう。オレね、一応真ちゃんの監視役、兼暖房みたいなもんだから、こいつぶっ倒れそうだったらココに連絡してくんね?」
オレすっ飛んで行くから、と言いながら高尾が差し出した紙片を受け取ると、なるほど確かに連絡先らしき事項が一通り書いてある。
「誰が監視役だ。お前など下僕で十分なのだよ」
「ちょ、真ちゃんひでぇ!」
セリフと裏腹に大爆笑する高尾に呆れながら、緋那は渡された連絡先を登録しようとスマホを取り出した。
そして、画面を見た途端表情を曇らせる。
《不在着信 皆元和泉》
……やっぱり和泉は、道に迷っているのかもしれない。