第1章 ”さよなら”
「こっちだ。」
大柄な男は手をあげ合図をするが、そんなことしなくても目立つからすぐにわかる。
隣に座り、酒を注文するとすでに始めているらしい。
「悪い、遅くなった」
「いや、気にするな。それよりもお前から誘ってくるのは珍しいな」
「たまには、な」
「なんだか浮かない顔だな、プライベートで問題か?」
こいつはいつもそうだ。表情や何気なく漏らした一言で痛いところを突いてくる。
今だって仕事のことは守秘義務があるからと除外し、なら個人的なことだなとアタリをつけたんだろう。
「問題、と言っていいのかはわからないんだが」
「いやに勿体ぶるな」
揶揄うような口調に話すのをやめようかと思うが、見透かすような目は誤魔化せないだろう。
※※※
「確かに女性はキツかっただろうな」
「俺だってそう思う。ヤッてる時に他の男の名前呼ばれちゃたまったもんじゃねえよ」
「…リヴァイはカズサとのことを忘れられないか」
「あ?忘れるわけねえだろ。あいつにあんな仕打ちしたんだからな。おまけに同じ職場ときた」
組んだ両手に額をのせて珍しくはぁ、と溜息をつくエルヴィンはハンジがいなくてよかった。と呟く。
俺も同意見だ。と言うとそうじゃないと返事をする。
「俺が言いたいのは、カズサと寄りを戻したいのか?という意味だ」
「寄り戻すもなにも。ねえだろ。普通に」
「未練もないんだな」
「……ねえな」
躊躇った俺にエルヴィンは笑う。
「あの頃のお前たちは臆病すぎて話すことをずっと話さずに無かったことにしたらしいな」
チッ、と舌打ちが漏れた。
少なくともこいつらはあの頃の俺たちについて話してたってことだ。
氷が溶けてすっかり薄くなった酒を呷って次の酒を呼び止めた店員に注文する。
「なるほどな」
一人で納得するエルヴィンを鋭く睨むが柔らかな表情は余計に癇に障る。
「研究で一緒だったメンバーで飲みに行こうと誘ってもお前は一度も来ないな」
繋がらない話に苛立ちが止まらない。
「だから、なんだ。嫌味か」
「いや、なんとかスケジュールをあわせ年に一度か二度の集まりだ。いつもカズサは気にしていたよ」
「何をだ」
「リヴァイが来ないのは自分が来るからじゃないかってね」
お待たせしましたー!元気のいい店員が新しいグラスを置いていった。