第14章 聲の向こう〈煉獄杏寿郎〉
「杏サン〜?これはお仕事で使う大事なものなので返してください?」
杏はつまらなそうに上目遣いをして、しぶしぶかれんにパスケースを渡した。しかしそれでも尚、くんくんと鼻先でそのパスケースを突き、気になるようだった。
「…あ、杏。今日ね、取引先の人と名刺を交換したんだけど、杏と同じ漢字をもつ名前の人がいたよ!“杏寿郎さん”っていうの。杏と同じような明るい髪色で…、爽やかで素敵な人だった。…また会えるかな…」
「ワン!」
「ふふっ、ね!そうだったらいいね!」
かれんは杏の頭をそっと撫でた。
・・・
(天気が頗る良い。今日は少し遠方の書店を巡るとしよう)
杏寿郎は部屋のカーテンを開けて、清々しく照る陽の光を眺める。今日は土曜日で休日だ。軽くシャワーを浴びて、出かける準備をする。一人暮らしをして数年。休みの日は思う存分、自由気ままに過ごせるのが何よりの楽しみだった。家事は最小限にし、朝食は近くのカフェに行くことが多かった。そして最近ハマっているのが書店巡りだ。弟の千寿郎も本が大好きなので、好みそうな本があるとついつい買ってしまうのだった。
(そのまま近くの公園で本を読むのもいいな…)
杏寿郎は身支度を整えて、家を出た。
・・
その頃、かれんと杏は、公園で散歩をしていた。
天気が良い日はサンドイッチを作り、そこでランチをするのがかれんの楽しみの一つだった。犬も入れる公園なので、杏の大好きな遊び道具を持っていく。
「杏!すっごくいい天気だねえ!」
「ワン!」
いつもより足取りをるんるんとさせている杏が可愛らしい。白い靴下を履いたような足元がちょんちょんと跳ねる。杏は成犬になっても片耳が垂れていた。歩くたびにその耳先がぱたぱたと揺れるのが愛おしい。
「杏、もう少し歩いたらお昼にしようか!杏の大好きな焼き芋もあるよ!」
「ワン!!」
杏は、今すぐ食べたい!とでも言うように、かれんの足元にぴょんっと飛びつく。ベンチに着いたらね!と話すと、杏は急足でベンチを目指した。
・・
(今日も園内は賑やかだな)
杏寿郎は買ったばかりの本と、近くのカフェで買ってきたコーヒーを片手に公園のベンチに腰掛けた。