第13章 いま、この時だけは、〈煉獄杏寿郎〉
タクシーがかれんのマンションの前に停まった。
かれんは杏寿郎の顔を見つめ、そっと微笑んだ。杏寿郎もその紅い瞳が揺らいでいた。
「ねえ、杏寿郎さん、最後に一つだけ…聞いてもいい?」
「ん?何だ?」
「…杏寿郎さん、好きな人、いる?」
その質問を聞くと、杏寿郎は照れたように笑った。
「…愚問だな」
「ふふ、濁しましたね?」
かれんはちらりと杏寿郎の顔を覗き込み、そのままタクシーの外に出た。
「杏寿郎さん、お元気で」
「ああ、かれんも」
タクシーのドアが無造作にバタンと閉まり、ゆっくりと加速していった。そして右ウィンカーを出して、呆気なくその交差点でタクシーは曲がった。
かれんのいる歩道は一気に静まり返った。
夢でも見ていたのだろうか。
こんなにも切ないのに、心があたたかい。
きっと人は出会いと別れを繰り返していくことで、本来の自分に近づき、魂がどんどん透き通っていくような気がする。
辛いこともあっても、これが私の人生だ。
辛いこともあるから、幸せを感じられる。
きっと、日々起こる出来事全てが、そう気付くための神様からのギフトだ。
会いたい人がいる
私が 誰かを待ってるように
誰かが 私を待っていているのかもしれない
それが もし 彼なのならば
彼も そうであるのであれば
きっと神様が 出会わせてくれる
かれんは秋と冬の間に瞬く夜空の星々を見つめ、大きく深呼吸をした。
「また、何処かで…会えますように」
かれんは首元のマフラーをぎゅっと握りしめ、煌めく星に願った。
・・・
あれから何度も冬が巡ってきた。
ひとりで過ごすの季節の移ろいにも大分慣れてきた。かれんは今日も駅前のクリスマスツリーを眺める。夜18時になると色とりどりのライトが点灯し、ツリーを華やかに飾る。ツリーの周りには、学生のカップル達が楽しそうに写真を撮っている。
いつ見ても、綺麗だな…
かれんは毎年、このクリスマスツリーを見るのを楽しみにしていた。何処となく、あの時の、杏寿郎との時間を思い出すからだ。