第13章 いま、この時だけは、〈煉獄杏寿郎〉
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車内が異様に静かに感じる。後部座席のかれんと杏寿郎はただ外の景色を目で追っていた。すると、杏寿郎がその沈黙を裂いた。
「…かれん、俺は明日の便で日本を発つ。次の帰国はかなり先になると言われていてな」
「え…」
かれんは大きく目を見開き、杏寿郎を見つめる。杏寿郎は前方を見たまま、また淋しそうに微笑み、続きを話し始めた。
「今回の帰国も1週間だけで、家族と過ごして、友人と会って…それで日本での時間は終わると思っていた。…友人は体調不良で会えなくなってしまったがな」
「…そう、だったんですね」
「でも、君が、…かれんが俺の前に現れてくれた。こんなにも楽しい帰国は初めてだ。今日を一緒に過ごせて嬉しかった。俺に声を掛けてくれてありがとう」
もうかれんの目元には、涙が溜まっていた。
「…かれん、頼む。泣かないでくれ。此処にいたくなってしまう」
杏寿郎はかれんを抱き寄せ、その腕でやさしく包み込んでくれた。
「…杏寿郎さん、私も嬉しかったよ。私の突然の誘いを快く聞いてくれて。…こんなに素敵な人、今まで会ったことない」
「俺も会ったばかりの人に、こんなにも心和んだのはかれんが初めてだ」
「ふふっ、本当、楽しかったね。…また、会えるかな」
「…ああ。国は違えども、きっとまた何処かで会える」
かれんは杏寿郎の肩からそっと顔を離す。頬の涙を杏寿郎がハンカチで拭いてくれた。
「杏寿郎さん。…マフラーとハンカチ、このまま…持っててもいい?」
「勿論。俺の使っていたもので申し訳ないが…」
「ううん。…だってこれがあれば、杏寿郎さんに会える口実になるでしょう?」
少し悪戯っぽく笑うかれんにつられて、杏寿郎の目尻も下がった。
「ああ、そうだな」
タクシーは、もう間も無くかれんのマンションに着きそうだった。
「ねえ、杏寿郎さん」
「ん?何だ?」
「もう一度、抱きしめて?」
「…ああ。分かった」
杏寿郎はかれんをぎゅっと強く抱きしめた。
かれんはその腕の中でまた涙を流した。
どうか
今だけは
いま この時だけは
杏寿郎さんを 好きでいたい
私だけの 杏寿郎さんで いてほしい