第13章 いま、この時だけは、〈煉獄杏寿郎〉
・・・
ライブが終わり、会場からは観客がまばらになってゆく。かれんと杏寿郎は公演中ずっとその手を握りしめていた。
「素晴らしいライブだったな」
「本当に!ずっと行きたかったから、目の前で聴けて最高でした」
かれんはコートのボタンを閉じていると、首元に何かあたたかいものを感じた。ふと目線を上げると、杏寿郎がしていたネイビーブルーのマフラーをかれんに巻いてくれていた。
「外はかなり冷え込んでいる。これをして帰りなさい」
「えっ、だめですよ!杏寿郎さんが、風邪引いちゃう」
「俺はもう北欧の寒さで鍛えられている。問題ない」
「…じゃあ、今度何かお礼をさせてください」
「いや、礼をするのは俺の方だ。…と言っても、大したことは出来ないが…。こんなにも楽しい時間を過ごさせてもらった。かれんには感謝している」
「そんな!私も突然誘ってしまったのに…お付き合いいただいて、本当にありがとうございます。とっても…嬉しかったです」
二人はにっこりと微笑み合う。
「さ、帰ろう」
かれんの目にはうっすらと涙が滲んでいた。その“帰ろう”が、酷くやさしく聞こえたからだ。まるで一緒の家に帰るような、そんなふうに聞こえてしまったのだ。そうだったら、どれだけ幸せだろうと、かれんは思う。まだ会って数時間しか経っていない人に、こんなにも惹かれてしまっているなんて。
あーあ、
お酒飲んだのに、
今日は全然、効いてないや…
かれんは杏寿郎に見えないようにその目元を拭うと、二人は会場を後にした。
・・・
「家まではどれぐらいだ?」
「うーん、電車で30分も掛からないぐらいです」
「そうか」
そう言った後、杏寿郎は車道に向けて片腕を上げた。その意味が分からず、かれんはきょとんとしていると、目の前に一台のタクシーが止まった。
「かれん、家まで送ろう」
「え!?」
「家まで見送るのが礼儀だろう?このぐらいはさせて欲しい」
「えっ、でも本当に大丈夫ですよ!杏寿郎さんも遠回りになっちゃうんじゃ…」
「俺のことは構わない。さ、乗ってくれ」
「…はい」
かれんは杏寿郎と一緒にタクシーに乗り込んだ。