第13章 いま、この時だけは、〈煉獄杏寿郎〉
二人で会場内のバーカウンターに向かい、アルコールをオーダーして一気に飲み干した。この喉を焼けつくような刺激が堪らない。もうこれで怖いもの無しだ。アルコールをほんの少し纏えば、異性にも、恋にものめり込むことはない。今日もきっとこの場限りの関係だ。ただこの時間を愉しむだけ。今が楽しければ、それでいい。
かれんはそう暗示をかけていた。
・・・
会場はスタンド制で、かれんと杏寿郎は少し後ろの方から見ることにした。このライブが始まる雰囲気が途轍もなく好きだと、かれんはふつふつと湧き上がる高揚感に満たされていた。
そして会場の照明が全て落とされた。大きな歓声が沸き起こる。すると、ステージには眩しいくらいのスポットライトが降り注ぐ。既にアーティスト達はそれぞれのポジションについて、目の前の観客に微笑んでいた。ボーカルの女性がマイクを握った。
「We're very grateful that you came. ── ───…」
小さな会場の為、特にスクリーンはない。かれんは一生懸命にボーカルに耳を傾けるが、流暢すぎるその英語を聞き取ることができなかった。もっと英語の勉強をしておけば良かったと後悔していると、耳元で杏寿郎が囁いた。
「…今から披露する曲は、初めて歌うらしい。自国でもまだ発表していないそうだ」
「えっ…!」
そうか、彼は海外在住だから英会話など朝飯前なのかと、かれんはその横顔を見上げた。ふむふむと、そのボーカルの英語を難なく聞いている様子だった。
「…様々な人が日々忙しなく世界を行き交うが、どこの国でも共通しているのは、“笑顔”と“楽しむ心”だと。その時間を共有できて嬉しい、と」
「…杏寿郎さん、完璧ね。すごい」
杏寿郎は少し照れたように微笑んで、かれんを見つめた。
「今日、かれんと一緒に来れて良かった」
嬉しそうにする杏寿郎に、かれんも笑顔になった。
「ふふっ、…それはボーカルの通訳??」
「いや、俺の本心だが?」
杏寿郎はかれんの手を握った。かれんもそれに応えるように、ぎゅっと握り返した。
そして、二人は寄り添いながら、その歌声に浸った。