第13章 いま、この時だけは、〈煉獄杏寿郎〉
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かれんは駅の近くにあったカフェに入り、窓際のテーブル席に座った。オーダーしたばかりのラテのマグからはゆらゆらと湯気が立ち上る。
さり気なく周りを眺めると、何組かの若い男女のカップルが笑い声を響かせている。
…たのしそ
少し冷たい目線で、かれんはそのカップル達を見つめた。独りになると、普段は気にならない他の人達の幸せそうな雰囲気がやたらと目についてしまう。
かれんは手元のラテに目線を戻し、イヤホンをつけてひとりの時間に浸った。
今日行くライブは、かれんの大好きな海外アーティストの初公演だった。その認知度はそこまで高くなかったが、知る人ぞ知る有名なアーティストだ。小さなライブハウスで行うため、倍率はそれなりに高かったものの、運良く2枚のチケットを取ることができたのだ。
できればこのアーティストを知っている人と一緒に行きたいと思っていた矢先、先日バーで声を掛けられた男性と偶然にも音楽の趣味で意気投合し、今日のライブに一緒に行くことになったのだった。
しかし、突然のドタキャン。
何人かの友人に連絡を取るも、その返事はかれんの期待通りにはいかなかった。
…一人で、行くしかないか
ふうと溜息をついていると、かれんの席の隣に明るい髪色の男性が座った。一風変わったその容姿をちらりと横目で見る。スマホを耳に当て、誰かと電話をしているらしい。イヤホンでその声は聞こえないが、溌剌とした表情からとても快活そうな人に見える。整った横顔と紅く燃えるような瞳に、かれんは見惚れていた。
かれんはイヤホンの音量を下げて、その会話をこっそり盗み聞きした。
「…ああ、今着いたところだが!」
イヤホン越しでもはっきりと聞こえる凛々しい声が、かれんの耳元にまで、不思議と心地良く響く。
(…もしかして彼女と待ち合わせ?)
かれんはラテを飲むフリをして、さらに耳を澄ます。
「…風邪?大丈夫か?…そうか、なら今日は休んでいた方がいい。…いや、俺のことは気にするな。…ああ。また時間が合えば」
その男性は電話を終えると、先程の表情が嘘のように無表情になる。感情など一切何も感じていないような面持ちで、でも何処か淋しげにうつるその横顔を、かれんはただじっと見つめていた。