第2章 杏子色に導かれて〈不死川実弥〉
カランカラン───…
少し重たい扉を開けると、店内は適度な間接照明で灯されており、程よい暗さが落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「ようこそ。どうぞ、お好きなお席へ」
バーカウンターにいたアンティーク調の眼鏡をした年配の男性店員の低く深い声が店内に静かに響いた。男性が一人で切り盛りをしているらしい。かれんはカウンター席の一番右端の椅子に掛けた。
「当店は特にメニューはなく、お好きなテイストを伺って、お作りさせていただいております。どんなお味がお好きですか?」
その男性、マスターの薄茶色の瞳に見つめられ、かれんは思わずどきっとしてしまう。
「え、えと…果物の甘さが好きです。でもスパイスのような辛さも好みで…」
「…畏まりました。少々お待ちくださいね」
まとまりの無いことを言ってしまったとかれんは焦っていると、マスターはにっこり笑いグラスにリキュールやシロップを手際良く混ぜ合わせていく。かれんはその手つきに見惚れていると、瞬く間に綺麗な杏子色のカクテルが目の前に置かれた。
「…お待たせ致しました。季(すもも)とピンクペッパーのカクテルです」
「あ、ありがとうございます…!」
かれんはグラスを手に取り、こくりとそのカクテルを口に含む。程よく甘酸っぱい季の味が口内に広がり、甘い香りが鼻腔を抜けていく。リキュールのアルコールがかれんの喉にほんのりとその熱を残し、ゆっくりと全身に帯びていくのが分かった。そしてスパイスの仄かなやわい刺激が後味を引いた。
「とっても美味しいです…!こんなに美味しいカクテルは初めてです」
「それは良かったです。ゆっくりしていってくださいね」
マスターはにこやかに笑った。かれんはさっきまでの重たい気持ちが嘘のように、その季の香りに酔いしれていった。
・・・
カランカラン───…
扉が開く音が鳴り、一人の男性が店内に入ってきた。男性はかれんの席の二つ隣のカウンター席に腰掛けた。
「…おや。いらっしゃい。久しぶりだね」
「マスターお久しぶりです。最近仕事が忙しくて…」
「それは大変だったね。…いつものでいいかい?」
「はい」