第11章 我が子へ〈煉獄千寿郎〉
ふと手が止まり、化粧台を見る。
化粧台の前に座る瑠火が見えるようだった。
髪を梳かす瑠火と鏡越しで目が合えばにっこりと微笑み、くるりと千寿郎の方へと向きを変え、何か言葉をかけてくれた。
薄らとだが蘇る、瑠火のやさしい眼差し。
瑠火の部屋にいると、不思議と瑠火が傍にいてくれるような気がしてくる。
「…母上…」
そっとその言葉を呟くも、返事はない。
「…俺は、何も成し遂げられない、役立たずの人間なのでしょうか…」
すると、カタンと何かが倒れる音がした。
千寿郎はその音がした方へ顔を向けると、本棚にあった一番端の本が倒れていた。
千寿郎はその少々分厚い本を手に取る。表紙を見たが、本の名前も作者も何も書かれていなかった。
そっとその本を開くと、そこには瑠火本人が書いたであろう文字で、日々の出来事が綴られていた。
(…!これは…!母上の日記…!?)
千寿郎は思わず、その日記を閉じた。人の日記など、見てはいけないと思ったからだ。
でも、瑠火の言葉が、母の想いが、気になる。
千寿郎は再び、そっとその日記を捲った。
そこには、どれも短くではあったが、日々の出来事が書かれていた。
煉獄家に嫁ぐことを決意し、両親への感謝の想い。
夫となる槇寿郎に、心惹かれていること。
調理の味付けの分量や、槇寿郎の食べ物の好みまで書かれている。
第一子である、杏寿郎を授かったことはいつもより長くその喜びを綴っていた。
美しい文字とその文面から、瑠火の温もりと想いが手に取るよう伝わってくる。
ぺらぺらと少し先まで進むと、紅葉の栞が挟まっている頁があった。その栞を取ると、書かれていた言葉に千寿郎は目を見開いた。
"神様から二人目の子を授かりました。
出会えるのが、今から楽しみです。"
その言葉に千寿郎の視界が滲み、頬に涙が伝う。
まるで、目の前に瑠火がいるかのようで、直接語りかけてくるようだった。
次の頁を捲ろうとした時、日記から二つ折りにされた紙が落ちた。
千寿郎はその紙を拾い上げると、そこには“千”と書かれていた。
(……!)
千寿郎は大きく深呼吸をして、その文の続きを読んだ。