第11章 我が子へ〈煉獄千寿郎〉
・・・
「兄上、どうかお気をつけて」
千寿郎は門の外で杏寿郎を見送る。
「ああ、行ってくる!いつも家のことを任せてすまない…。千寿郎も無理だけはするな」
「はい!兄上のお帰りをお待ちしていますね。ご武運を」
杏寿郎は和(にこ)かに、千寿郎の頭をぽんぽんと撫でた。
千寿郎も杏寿郎の大きな掌の温もりに、胸がじんわりとあたたまる。
千寿郎は杏寿郎が見えなくなるまで大きく手を振った。
杏寿郎も何度も振り返り、千寿郎に手を振った。
千寿郎はいつもこの瞬間、締め付けられるような胸の痛みに襲われる。
もし 兄上の身に 何か起こったら
これが 最後になってしまったら
杏寿郎を信じていない訳ではない。
ただ、心から心配なのだ。
柱になったからとて、全てが無敵になるわけではない。
人間には限界がある。
杏寿郎にも、いつ何時、鬼の猛威が襲いかかるか分からない。
常に、死と隣り合わせといっても過言では無い。
一度消えた生命(いのち)の灯(ともしび)は、決して甦ることはないのだ。
それでも鬼殺隊は、刀を振るい、果敢に鬼へと立ち向かう。
もう杏寿郎の姿は見えなくなっていた。
千寿郎は、高く上げていた手を下ろすと、小さな拳をぎゅっときつく握りしめた。
どうして俺には 才能がないのだろう
剣士に なりたかった
兄上のように なりたかった
俺が 剣士として
兄上と共に闘うことができていたら
そうしたら 父上のお気持ちも
変わっていたかもしれない
煉獄家にいながらも
無力な存在である俺は
此処に 居ても
良いのだろうか
俺は 何の為に
生まれてきたのだろうか
千寿郎は目尻に溜まった涙を手の甲で拭うと、一人家の中に入っていった。
・・・
その日、千寿郎は久しぶりに瑠火の部屋を掃除していた。
瑠火の部屋は、当時のまま残されていた。
瑠火の持ち物は元々然程なく、着物が仕舞ってある箪笥と化粧台が並び、棚には数冊の本が並べられていた。
なので掃除といっても、戸を開けて風を通し、叩きで埃を落としたり、軽く水拭きする程度だった。