第11章 我が子へ〈煉獄千寿郎〉
千寿郎は今日も、朝日が昇るのと同時に目が覚めた。
部屋の中が、ゆっくりと、生まれたばかりの陽光に染まっていく。
千寿郎は布団から起き上がり、部屋の障子を開けた。
眩しいくらいの陽の光に思わず目を瞑るも、瞼に当たるあたたかな日差しは身体へと澄み渡っていくようだった。
(今日も、天気がいいな…)
雲一つない清々しい空を見上げて、千寿郎はひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
そして、目を閉じ、亡き母・瑠火に祈りを捧げる。
母上
おはようございます
今日も、父上と兄上を
どうか お守りください
庭の木々の葉が揺れる音は囁くように、千寿郎の心にふわりとそよ風が舞い込む。
千寿郎は着替えをし、髪を一つに束ねると庭先に向かった。
・・・
千寿郎は、庭に咲く百合の花を摘み、瑠火の仏壇に手向けた。
仏壇に飾られた、微笑む瑠火の遺影の写真を眺める。
当時まだ幼かった千寿郎の記憶の中には、瑠火との思い出は殆ど残っていない。
『千寿郎 母はここですよ』
ぼんやりと蘇る、凛と透る声に名前を呼んでもらった記憶が微かに残っている。
その美しい紅い瞳を、いつも追いかけていたように思う。
気付けばその瞳を見ることはなくなり、まるで瑠火が、夢の中に存在していたかような感覚にさえ、陥ることもあった。
母上は どんな人だったのだろう
兄・杏寿郎からは、物静かで飾らない人だったと聞かされていた。そしていつも家族を想う素晴らしい母だったと。
でも、もっと、もっと知りたいのだ。
自分を産んでくれた、母のことを────
・・・
台所に向かい朝餉の支度をしていると、兄の杏寿郎が姿を現した。
「千寿郎、おはよう!」
「兄上!おはようございます!今日もお早いですね」
「ああ、昨夜突然、伝令が入ってな。今日からまた遠方の任務になってしまった」
「そうでしたか…。最近お忙しくいらっしゃるので兄上のお身体が心配です…」
「…いつも心配ばかりかけてすまない。だが、必ず戻ってくる!その間、父上と家を頼む」
「はい!間も無く食事の用意が出来ますので、居間でお待ちください!」
「ああ!ありがとう!」
杏寿郎はくるりと向きを変えて、台所を後にした。
・・・