第8章 花咲く夜に〈煉獄杏寿郎〉
かれんはスマホをぎゅっと握り、意を決して杏寿郎へ電話を掛けた。電話の呼び出し音が、異様に長く感じる。
『…もしもし?かれん?』
「あ…杏寿郎くん、急に、ごめんね。今…大丈夫?」
『ああ!どうした?何かあったか?』
いつもの元気な杏寿郎の声に、かれんは溢れそうな涙を堪えながら話しを続けた。
「あ、あのね、今朝…喘息の、発作が出ちゃって…。様子を見ていたんだけど、なかなか治らなくて…」
『大丈夫か!?今すぐ一緒に病院に…っ』
「う、ううん!全然、そこまでじゃ、ないの。元々、喘息持ちで…。…だから…今日の花火大会、行くのは止めようかなって…思ってるの…。一緒に行く約束してたのに、ごめんね…」
寂しさと悲しさが込み上げ、さらに追い討ちをかけるように喘息の息苦しさがかれんを襲い、思わず涙が頬を伝った。
『…っかれん、少し待っていてくれ!』
「え…っ?ちょ、杏っ…!」
ブチッ ツーツー…
(……“待っていてくれ”…?!)
何を言われたのかよく分からないまま通話は途切れ、かれんはぽかんとしてしまった。
・・・え?
まさか、家に来るなんてことは…ないよね?
かれんは今の状況を飲み込めないまま、手元のスマホを見つめた。
・・・
それから30分後。
かれんのスマホが鳴った。杏寿郎からだった。
「…も、もしもし?…杏寿郎くん?」
『かれん、すまない、今かれんのアパートの前にいて…。渡したいものがあるのだが…。流石に家まではと思ったのだが、どうしても心配で…』
杏寿郎の心遣いに、かれんの心がじんわりとあたたまってゆく。もうそれだけで、今までの胸の息苦しさが少しずつ治まっていくようだった。
「心配してくれてありがとう。そうしたら…今、下まで取りに行くから待っ…」
「動いたら駄目だ!俺が家の前まで行く!何号室だ?」
(ええっ!どうしよう、パジャマのままだし、すっぴんだし、そんな家になんて…っ)
かれんは思わず動揺して、返答に困ってしまった。でもこんな時でも杏寿郎に会いたいと思ってしまう。スマホを握る手に変に力が入る。かれんは気持ちを落ち着かせようと、すうっと息を吸い込んだ。