第7章 どうか、届いて〈不死川実弥〉
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翌日、実弥の異動が社内全体に発表され、そこからの実弥の一ヶ月は引き継ぎや挨拶回りに追われ、一気に慌ただしくなった。かれんも実弥と共に一日に何件ものクライアントを回った。「ソレは檜原にやっから」と実弥が今までまとめていた資料には、事細かくびっちりと詳細が書かれており、実弥が如何に一つ一つのクライアントを思い、大切に考えていたのかが、手にとるように伝わってきた。かれんは実弥のその思いに更に胸が熱くなった。
その日もかれんは早めに出勤し、実弥とのスケジュールを確認していた。そして出勤する度に、デスクの卓上カレンダーを見つめては、実弥の最終出勤までの日数を目で追っていた。
(あと5日かあ…)
でも、かれんは決めたのだ。もう実弥の前では泣かないと。実弥に安心して次の本社勤務へと向かえるようにと、かれんは熱くなる目頭を堪え、実弥とお揃いのボールペンを握りしめた。
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そして迎えた実弥の最終出勤日。
最終確認や引継ぎ、外回りも無事に終わり、実弥自身もほっとしていた。気付けば既に夜の19時半を回っていた。オフィスにはかれんと実弥しか残っていなかった。実弥の横顔は安堵しつつも、何処となく寂しそうでもあった。新卒で入社した7年いた部署を離れるのだ。新しい部署への不安もきっとあるだろう。かれんは実弥のその横顔をじっと見つめていた。ふと実弥がかれんに振り向き、二人の視線が重なる。その視線にどきっとかれんの胸が鳴る。実弥はゆっくりとかれんに向かって歩いてきた。
「お疲れさん。色々手伝ってくれてありがとなァ」
「いいえ!実弥さんも最終出勤お疲れ様です!…なんか、あっという間でしたね…」
「だなァ。…本当、檜原がいてくれて助かった」
実弥の落とすように笑うこの微笑み。
この笑顔が大好きだと、かれんはその優しい眼差しに吸い込まれるように釘付けになると、視界がゆっくりと滲んだ。
「…さ、実弥さんっ!送別会!遅れます!行きましょうか!」
かれんは目元を隠すように、自分のジャケットと鞄を持ち、小走りでオフィスの出口に向かった。
実弥はそのかれんの背中を見つめ、切なく微笑みながらオフィスを後にした。