第5章 ロータリーの歌姫〈煉獄杏寿郎〉
「…“かれん”の声は本当に綺麗だ…いつまでも聴いていられる…」
天元、実弥、義勇がかれんの話で盛り上がるところ、杏寿郎は静かに1限の授業の支度をしていた。その様子を小芭内が見ていた。杏寿郎が席を立つと、その後を小芭内が追いかけてきた。
「…煉獄」
「伊黒!どうした?」
「…いいのか、このままで」
「…何がだ?」
「分かっているだろう。惚けた振りをするな」
「…もう彼女とは終わったんだ。もう彼女に俺は必要ない」
「…それは彼女が決めることではないのか」
「……」
「後悔だけはするな」
そう言い残して小芭内は職員室に戻っていった。杏寿郎は教材を持つ手をぎゅっと握りしめた。そしてそのまま教室へと向かった。
・・・
杏寿郎は仕事を終え、いつものように電車に揺られていた。
(今日も疲れたな…)
杏寿郎はレコードショップでかれんの新曲を買おうか迷った。でもこれを聴いて、再びかれんへの想いを思い出すのが怖かった。もうどれだけ想いを募らせても、かれんは自分の手が届かないところにいる。自分とは生きる世界が違うのだとそう思っていた。
(駅前の桜は…もう満開だろうか…)
ふと杏寿郎は思い立ったように、かれんと出会ったその駅で降りた。
相変わらず、駅は閑散として帰路につくサラリーマンや学生たちが数名いるほどだった。
そして今年も駅前のロータリーの桜は立派に咲き誇っていた。杏寿郎は夜の街頭に照らされた桜の木に目を細めた。
そしてどんなに周りを見渡してもかれんの姿は何処にもない。それでもあの花壇に腰掛け、ギターを弾くかれんの姿を杏寿郎はどうしても思い出してしまう。
かれんに 会いたい
杏寿郎は今年も花壇に咲く、春風に揺れるチューリップを見つめていた。
「…煉獄先生?」
懐かしい透き通る声に、杏寿郎は後ろを振り返った。そこにいたのはグレーのパーカーのフードをすっぽり被ったかれんだった。
「…お久しぶりです。煉獄先生」
「…かれん…なのか…!?」
「…やっぱり、来てくれるんじゃないかって思ってた」
「…!?」
「ウソ、煉獄先生、覚えてないの?」
「…すまない。何かかれんと約束をしていただろうか…?」