第5章 ロータリーの歌姫〈煉獄杏寿郎〉
「…へ〜、あったまいいんだ。煉獄センセ」
少女はつんとしたような悪戯そうな笑顔を杏寿郎に向ける。その笑顔に杏寿郎はどきっと胸が熱くなる。
「…君の…名前を聞いてもいいだろうか」
杏寿郎は恐る恐る少女を覗き込むように見る。少女は前を向いたままその名を告げた。
「…檜原かれん。バイトしかしてないフリーター」
「…かれんさん…と呼んでも?」
「かれんでいいよ。…センセ何歳?」
「俺は今年28になる!……えと…」
女性に年齢を聞くなど失礼だと思い、杏寿郎は慌てて口をつむぐ。
「私は今年25。…いい歳してこんなことしてて馬っ鹿みたいでしょ?」
かれんは俯き、自分を蔑むように笑う。
「いや!そんなことはない!それが君のやりたいことなのだろう?ならば俺は君を応援したい!」
杏寿郎はかれんにやさしく微笑んだ。かれんは呆気にとられ、杏寿郎を見つめた。
「…センセ面白いね。そんなふうに言ってくれた人、初めて」
「そうなのか…?君の…かれんの声は、綺麗だと思った」
“かれん”という言葉が、その音が、杏寿郎の中で弾けるようにどきんと心臓を鳴らした。かれんも杏寿郎からの言葉に、今まで感じたことのない気持ちに戸惑いを隠せない。思わず嬉しさが込み上げてくる。
「…煉獄先生は、優しいね。ありがとう。元気出た」
「…っ!」
小さくはにかむかれんはその年の割には、随分と大人っぽく見えた。花のようにほころんだ笑顔に杏寿郎は釘付けになっていた。
「…この角曲がったらもう家だから。仕事終わりなのに、こんなところまですみません」
「いや!…またあさってだな。仕事が終わったらかれんの歌を聴きに行く!」
「…ふふっ、嬉しい。センセ、ありがとね。じゃあ…おやすみなさい」
かれんは落とすように笑い、ひらひら手を振りながら道の角を曲がっていった。杏寿郎はなんだか夢心地のような気分だった。
かれんのころころ変わる表情に、その声に、すっかり虜になっていたのだ。
(…初めて会った人にここまで気持ちが動かされるとは…。よもやよもやだ…)
杏寿郎は赤くなる顔を隠すように、自宅のアパートに向かった。