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檸檬香る、その恋に【鬼滅の刃 / 短編集】

第5章 ロータリーの歌姫〈煉獄杏寿郎〉




「 誰も居ない 部屋の片隅にいる 小さな私

  春の肌寒い夜風が 私の心を攫う

  カーテンは月夜に染まり
  たなびくその動きに 涙が伝う

  ここにいるのに

  私はここに いるのに

  名前を 呼んで

  世界の裏側からでも いいから 」


杏寿郎は、少女の歌声に心を奪われていた。やわらかく透き通るその声は、何処か寂しげで切なかった。今にも泣き出しそうなその表情は儚げに映ろう。しかし凛と漲るその瞳にどんどん吸い込まれていくようだった。街灯がスポットライトのように少女を照らし、長い睫毛が少女の白い頬に影をつくる。

周りからは拍手が沸き起こる。杏寿郎の心の中には、拍手以上の溢れそうなときめく想いが込み上げていた。杏寿郎も、はっとして拍手を贈る。

少女は軽く頭を下げるとギターをケースにしまった。人々もそれを見てそれぞれの家路に戻っていく。少女はケースを背中に背負うとロータリーの脇の道に向かっていった。杏寿郎は咄嗟にその少女の背中を追った。

「あ、あの!」

杏寿郎の声に少女が振り向いた。その時、初めて少女と目が合った。少女は先程の瞳の色で杏寿郎を冷たく遇らうように見つめ、無言でまた歩き出そうとした。杏寿郎は必死に声をかけ続けた。

「あの!毎晩、あそこで歌を?」

気怠そうに少女が振り返る。

「…時々」

「そ、そうか!」

二人に気まずい雰囲気が流れる。少女は面倒くさそうにため息をつき、また前を向き歩き出した。

「できたら、また君の歌を聴きたい!次はいつか教えて欲しいのだが!」

その杏寿郎の声に少女はぴたりと止まった。そして振り返らずに杏寿郎に応えた。

「…じゃあ、あさって」

その返事に杏寿郎は、ぱあと笑顔になった。杏寿郎は少女の横にさっと駆け寄った。

「そうか!ありがとう!必ず行く!夜道は危険だ、送ろう!」

「…すぐそこだし、いい」

「いや、何かあったら困る!」

(…変な人…)

かれんはそう心で呟き、横目で杏寿郎をちらりと見る。夜なのにその場をあたたかく照らすような明るい声色と、燃えるような紅い瞳にかれんは目が離せなくなる。

「…貴方、名前は?」

「俺は煉獄杏寿郎という!高校の教師をしている!」

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