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檸檬香る、その恋に【鬼滅の刃 / 短編集】

第28章 花明かり〈煉獄杏寿郎〉




「灯里さん…、」

そこに現れたのは、蝶の模様があしらわれた羽織を纏った女性、杏寿郎と同じ柱の胡蝶しのぶだった。

「…灯里さんにお渡ししたいものがあって、」

しのぶは灯里に絹の布に小さく包まれたものを差し出した。


「…これは…?」

「…煉獄さんの、隊服の胸元に入っていたんです」

「そうだったのですね。見つけてくださって…ありがとうございます」


杏寿郎が身に付けていたのは、日輪刀だけかと思っていたのに。

灯里は、その包みをそっと抱きしめた。





そして杏寿郎は、風にたなびくように白く昇った。

高く、高く、どこまでも、天へと昇っていった。





家の中の空気が、ひんやりと冷たく感じた。
そしてこんなにも、しずかだっただろうか。

杏寿郎が任務で家を数日間空けている時は、そんなふうに思ったことは一度もなかったのに。


灯里は、縁側に腰掛けていた。
数日前に、ここで杏寿郎と話しをしていたことを灯里は思い出す。

次の非番は必ず取ると、そうしたら灯里のお気に入りの茶屋に行こうと、約束を結んだ。



空はこんなにも、眩しく晴れ渡っているのに。

鳥は自由に空を舞っているのに。



隣にいた杏寿郎は、もうどこにもいないのだ。



 杏寿郎さん


 今 杏寿郎さんがいるところは
 どんなところですか?

 おなかは 空いてませんか?

 寒くは ないですか?



 今 杏寿郎さんは

 どこに


 いるのですか?



どんなに胸の想いを聲にしても、杏寿郎からの返事はなかった。




 ねぇ 杏寿郎さん


 また髪を撫でて


 名前を呼んで くれますか?



 もう一度 もう一度でいいから


 私の名前を どうか



 どうか お願い


 杏寿郎さん





 さびしいです






青空に浮かぶ二つ雲は、さらにその青さに馴染むようにゆっくりとぼやけていった。





杏寿郎の部屋はそのままにしておいた。

本棚も文机も、まるで杏寿郎がいた時と同じように、そこに佇んでいた。


机の上には、杏寿郎がつけていた日記が置いてあった。
その中身を見たことはなかったが、夜な夜な寝る前にそれに筆を走らせる姿を灯里は時折見かけていた。

そして、しのぶから渡された小さな包みも、その日記の上に置いていた。

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