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檸檬香る、その恋に【鬼滅の刃 / 短編集】

第28章 花明かり〈煉獄杏寿郎〉




杏寿郎と共に過ごしてきた、数えきれないほどのかけがえのない思い出たち。

それは決して薄れてなくなることはない。永遠に心にあり続けていくのだ。
しかし、そう分かっていても、灯里はまだ現実を受け止めきれていなかった。

その包みにもきっと何か杏寿郎からの想い込められているだろうと灯里は思うも、それ以上触れることができなかった。


・・・


そして杏寿郎の葬儀から数日後のこと。
一人の鬼殺隊士が煉獄家に訪ねてきた。


竈門炭治郎という額に痣がある、鬼になった妹をつれた少年だった。
炭治郎は杏寿郎と共に無限列車の任務に同行しており、その最期の言葉をあずかっているとのことだった。

灯里が炭治郎と会うのは、これで二度目だった。
一番最初に出会ったのは、蝶屋敷で炭治郎が那田蜘蛛山での任務を終えた後に、機能回復訓練を受けているときだった。
灯里はすこしでも鬼殺隊に貢献したいと思い、杏寿郎としのぶにもそう伝えたところ、幼い頃に瑠火から文字を習った経験を生かして、日々医療に携わる蝶屋敷の子どもたちに文字の読み書きを教えていたのだ。
しかし、蝶屋敷では炎柱の妻ということはしのぶとアオイ、子どもたち以外には伏せていた。その苗字を言えば、皆に気を遣わせてしまうと思ったからだ。

炭治郎はいつもの溌剌とした表情とは異なり、ひどく顔色が悪かった。しかしどうしても杏寿郎からの言葉を届けたい一心で、まだ体が完全に完治していない中、煉獄家に駆けつけてくれたのだった。


「…すみません…俺、何も…できなくて…っ」


炭治郎の震える声に、膝にのせた手には大粒の涙がいくつも落ちた。
千寿郎も何かを伝えようとするも、涙が込み上げてくるのを必死に堪えていた。

灯里は俯く炭治郎に、そっと声をかけた。


「いいえ、炭治郎さん。そんなことはないです。杏寿郎さんは、炭治郎さんを、皆さんを死なせたくなかった。その一心だったと思います。今、炭治郎さんがこうして生きていてくれて、杏寿郎さんもきっと喜んでいるはずです。…だからどうか、ご自分を責めないでください」


炭治郎が顔を上げると、灯里は微笑んでいた。
やさしく包みこむようなその笑みに、炭治郎の哀しみと悔しさで染まっていた心が解されていくようだった。

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