第20章 たなびく風に想いをのせて〈謝花妓夫太郎 / 謝花梅〉
「んん!とっても美味しいです!」
「だろぉ?久々に食ったけど、やっぱ最高にうめぇなぁ」
妓夫太郎が笑った。
かれんはその笑顔に、どきりと胸を打たれた。
妓夫太郎さんって 笑うんだ…!
初めて見た妓夫太郎の笑顔には、まだどこか無邪気さも残っているようにも感じた。かれんはその笑顔に釘付けになってしまった。
かれんと妓夫太郎はお互いの話を交えながら、そのひとときを楽しんだ。一見、強面に見えた妓夫太郎だったが、話しをしていくうちに、とても優しく、思いやりのある人なんだと、かれんは思った。
「…悪かったなぁ。付き合わせちまって」
「いえ!とっても楽しかったです!アイスも美味しくて!…あ、お支払いがまだ…っ」
「いらねぇ。…その代わり、」
「…その代わり?」
「…また、付き合ってくんねぇか?」
「…!! はい!もちろんです!」
かれんが嬉しそうに笑うと、妓夫太郎にも微かに笑みが溢れた。
「…ンじゃ、帰るかぁ」
「はい!」
妓夫太郎は再びかれんにヘルメットを被せ、二人は店主に礼を伝えると店を後にした。
・・・
辺りはすっかり茜色に染まっていた。
家々からはあたたかな夕食の香りが漂う。
バイクは二人を乗せ、風を切りながら駅へと向かっていた。
駅に 着いて欲しくないな
かれんは妓夫太郎を好きだと思った。
理由は分からない。今この時間が、止まって欲しいと、そう願っていた。まだ数回しか会ったことのない人に、こんなにも想い焦がれてしまうのはどうかしていると思ったが、でももう止められないのだ。好きだと思ってしまったら、もうそれは恋なのだ。
「…妓夫太郎さん」
かれんのちいさな声は、バイク音と風の音に、掻き消された。
こんな自分は相手になど、してもらえないだろう。地味だし、何の取り柄もない。可愛くて明るくて、魅力的な女の子は沢山いる。妓夫太郎さんに相応しいのは、そんな子だ。
かれんは知らずうちに溜まった涙を溢さないように、空を見上げた。茜色に夜を知らせるように群青色が迫り、一番星は儚げにちいさく瞬いていた。
「…オィ」
「!」
妓夫太郎が一瞬だけ、かれんに顔を向けた。