第2章 杏子色に導かれて〈不死川実弥〉
かれんはすぐに実弥からのメールを開いた。そこには「連絡できてなくてすみません。今から会えませんか」とあった。かれんは嬉しさのあまり声が出そうになったのを手で押さえた。実弥に会いたかった気持ちは山々だったが、デスクの上の途方もない書類の量を見てかれんは一気に現実に引き戻された。実弥に、今日は残業で遅くまで掛かると詫びの連絡を送った。するとすぐに「突然すみませんでした。また連絡します」と一言だけ送られてきた。かれんはそっとスマホをデスクに伏せた。
(…たまたま、私に送ったのかな)
実弥を蔑むようなことを思ってしまう自分に、かれんは酷く落胆した。でももう、これでいい。もう自分とは何の関係のない存在だ。この気持ちに終止符を打とうと、かれんは無心のまま残りの書類に取り掛かった。
・・・
(…もうこんな時間…終電間に合うかな…)
時計を見ると、最終電車の発車時刻まで二十分と迫っていた。かれんは急いでデスク周りを片付けて退社の準備をしていた。
その時。
ピロロロ ピロロロ
スマホから電話の着信音が流れる。
(こんな時間に誰…?)
終電まであと十五分と迫り、スマホの画面を見るとそこには[ 不死川実弥 ]の文字が。
(…実弥さん…?!)
かれんは思わずその電話に出た。
「…もしもし?実弥さん?どうしたんですか。こんな時間に…っ」
『夜にすみません。どうしてもかれんさんに会いたくなって。今、かれんさんの会社の最寄駅近くにいるんです。…家まで車で送るんで、少しだけでも…会えませんか?』
(…実弥さんに会える…っ!)
「今すぐ駅に行きますっ!」
かれんは気付くと駆け足で、駅へと向かった。
・・・
走って駅に向かうと、駅のロータリーに黒いセダンが停まっていた。それにもたれるようにスーツ姿の実弥がいた。
「実弥さんっ!」
その声に実弥は振り向くと、嬉しそうに笑った。
「遅くまで、お疲れさん」
そう言いながら実弥はかれんの頭にぽんと手をのせた。やっぱり実弥の掌はあたたかかった。実弥はじっとかれんの目を覗き込んだ。
「目ェ真っ赤。あんまし寝てねぇだろ?」