第2章 杏子色に導かれて〈不死川実弥〉
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実弥とかれんは毎日ではないが週に何度か連絡を取り合っていた。バーでも会っていたので、お互いの存在が当たり前のように生活に馴染み始めていた。互いの仕事の最寄駅を伝え合うと、今後はその辺りで夕食を食べようと実弥に誘われた。しかし日を追うごとに、実弥からの連絡は減っていった。途切れ途切れに、当たり障りのない会話が時折送られ、バーへの誘いも殆ど無くなっていった。
(実弥さん、忙しいのかな…)
これはもう時間の問題で、遂には連絡も途絶え、会うこともないままこの関係は終わっていくのだろうとかれんは一人寂しくスマホを眺めた。
(…でも、そもそも、付き合っているとかじゃないしね)
かれんはふうと息をつくと、弁当箱を片付けて午後のデスクへと向かった。
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「檜原さん、悪いんだけどこれもお願いできる?」
「あ…はい、分かりました。いつまでですか?」
「急だけど明後日までに…いいかな?」
「…分かりました。すぐ取り掛かります」
ふみのの会社は繁忙期に差し掛かり始めており、皆多忙を極めていた。でもそのくらいが丁度良かった。元恋人との出来事も、実弥とのことも忘れられて、好都合だった。ふみのはただ目の前の仕事に没頭した。終電ぎりぎりまで残業することも増えたが、余計な事を一切考えなくて済んだので心身共に身軽だった。
「檜原さん、お先に失礼しまーす」
「お先です!」
「……お疲れ様〜…」
かれんは今日も一人残業をしていた。もう実弥からの連絡はほとんど来ていなかった。来たとしても、簡単な近況報告ぐらいになっていた。そしてあのバーへも全く行ってなかった。実弥への想いも少しずつ薄れていくようで、寂しさはもう感じていなかった。
ピピピッ ピピピッ
かれんのスマホが鳴った。画面を見ると実弥からだった。
(…! 実弥さん…!)