第16章 積もるのは、恋〈煉獄杏寿郎〉
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…間も無くだろうか
杏寿郎は一人、時計台の下に立っていた。腕時計を見ると、10時まであと2分程だった。自分の吐く息の白さを見て、こんなにも冷え込んでいるのだと気付かされる。忙しなくなる鼓動の速さに、杏寿郎は寒さなど微塵も感じていなかった。
そしてコートの右ポケットに入っているものを確かめるように、外側から何度もその形を撫でた。
…緊張して、どうにかなりそうだな
杏寿郎は、足元に舞い落ちる雪を見て、冬の白い空に目を向けた。かれんと雪を見るのは初めてだと、杏寿郎は気付く。かれんは雪を見て、どんな表情をするのだろうか。杏寿郎の瞼の裏に、屈託のないかれんの笑顔が映る。寒くはないかと何度も自分を気遣ってくれるかれんを、杏寿郎は思い浮かべた。
…俺はかれんに
こんなにも心惹かれているのだな
恋は不思議だ。
今までの日常が、色鮮やかなものへと変わっていく。憂鬱な雨の日の足取りも、軽くなるようだった。水溜りに落ちる雫の波紋の広がりでさえ、その淡い儚さに見惚れてしまうほどだ。この世には、自分がまだ気付けていない素晴らしいものが沢山あるのでは、と杏寿郎は思う。
杏寿郎は手のひらに落ちた雪に目を細めた。
「杏寿郎くん!」
「!」
杏寿郎がくるりと振り返ると、かれんが慌てて走ってきた。
「かれん!おはよう!」
「杏寿郎くん、早くないっ??本当に10時に着く電車に乗っていたの??」
「ああ!俺も今着いたところだ!」
「……」
「…どうした?かれん」
かれんはじっと杏寿郎を見つめると、ふふっと笑みを零した。
「…杏寿郎くんは、うそが下手ね」
「…っ!?」
「随分前から、ここに居たんでしょう?」
「…むっ!?いや!そんなことはないぞ!今来たばかり…っ」
杏寿郎が必死で説明をしていると、かれんは手を伸ばして、焔色の髪にうっすらと積もった雪を優しくはらった。
「…うそつき。頭に雪が積もってるわ」
「…!!」
杏寿郎は、何も言えなくなり固まってしまった。かれんは困ったように笑いながら、杏寿郎のコートの雪もぽんぽんとはらってくれた。