第15章 灯る君のてのひらを〈煉獄杏寿郎〉
そしてプロポーズの言葉を、かれんは思い出した。
『かれん、俺は君が好きだ。こんなにも、愛おしいと思える人に、俺は出会ったことがない。そしてかれんの描く、絵が好きだ。日常にある、でも見逃してしまいそうな、小さくも美しいときめきを描いたかれんの絵が、俺は…大好きだ。これからもかれんが描く絵を、俺はずっと見ていたい。…俺は誰よりも、かれんのファンなんだ」
涙が出た。この杏寿郎の言葉で、かれんは救われたのだ。
かれんは、うんうんと泣きながら、声にならない返事を杏寿郎にすると「君を愛せる俺は幸せだ」とその緋色の瞳を滲ませていた。
誰かの目に留まって欲しくて、心に残って欲しくて、死に物狂いで絵を描いても、それはそう簡単に叶うものではなかった。誰かに貰った高評価のコメントも、それは本当に本心なのかと疑う自分までいた。そんな疑心暗鬼になってしまう自分にも苛立った。
でも、杏寿郎の言葉が、かれんの呪縛を解いてくれたのだ。
「かれん?まだ起きていたのか?」
「…!杏寿郎くん…っ!」
くるりと後ろを振り向くと、そこには杏寿郎が心配そうに立っていた。杏寿郎はかれんに近づき、溜まった涙の雫を拭いてくれた。そして何も言わず、そっと抱きしめてくれた。
「…どうしよう、全然、描けなくて」
「…そうだったのか。それは辛かったな」
よしよしと頭を撫でてくれる杏寿郎の手があたたかい。
「…もう、私、漫画家は…諦める…っ、普通の社会人として働く…。我妻くんにも迷惑掛けちゃうし、…誰も私の作品なんて好きじゃないと思うの…っ。…これを最後に、私…」
「…かれん?」
「…ふぇ?」
「もう、何も気にしなくていい」
「…?」
「誰の評価も、気にしなくていい。かれんが描きたいように、好きな物語を描いていけばいいんだ。俺はかれんの作品がどれも好きだ。…勿論、かれんのことはもっと大好きだがな。どうか、そのかれんの生まれ持った賜物の輝きを、これからも灯し続けて欲しい。きっと上手くいく。大丈夫だ」
「…上手くいく?」
「ああ。きっと。…少し待っていてくれ」
「…?」
そう言うと杏寿郎は立ち上がり、部屋を出て行った。