第15章 灯る君のてのひらを〈煉獄杏寿郎〉
しかし読者からの評価はイマイチだった。先日の読者アンケートでは、作品に対し「あまり面白くない」とまで書かれており、かれんは酷く落ち込んだ。善逸も悔しそうに泣いていた。
善逸は意外と(いやかなりの)恋愛体質で「今回もめちゃくちゃキュンキュンでしたよッ!!?!」とニヤニヤしながら鼻の下を全開に伸ばし、嬉しそうに感想を伝えてくれた。最近恋人が出来た善逸は「僕、かれん先生の描く胸キュンテクを学んで、これからも禰󠄀豆子ちゃん(きっと恋人の名前なのだろう)のハートを射抜き続けたいんですッ!!!」と意気込んでいた。自分の作品がこうやって誰かの役に立てているのだと思うと、それだけでもう充分過ぎるほどにかれんは嬉しかった。
そんな彼と二人三脚でここまでやってきたが、もうそれも潮時なのではと思わざるを得ない。もう漫画家として絵を描いて生きてくのは難しいと、かれんは感じ始めていた。
はあ…
かれんからまた溜息が漏れた。髪をくしゃくしゃに掻き乱す。天井を見上げると、涙が込み上げてきた。
…私が…絵を描いていこうって思ったのって…
かれんは、遠い記憶を遡るように、ゆっくりと目を閉じる。
ふと、杏寿郎の笑顔が、瞼の裏に映った。
「…あ…。杏寿郎くんの、言葉だ…」
かれんと杏寿郎は所謂“合コン”で出会った。かれんはそういった場があまり得意でなく、その日もメンバーとなかなか打ち解けられず、愛想笑いを繰り返していた。如何にかしてこの合コンを抜け出そうと適当な言い訳を考えるため、手洗いで席を立った時、杏寿郎に声を掛けられたのだ。「俺もああいう場が得意でなくてな。…二人で抜け出さないか?」と、杏寿郎は苦笑いをしながら話してくれた。嬉しかった。こんなちっぽけな自分に気づいてくれたことが。
二人は程なくして交際を始め、去年の春に杏寿郎からのプロポーズを受け、結婚した。いつも優しい眼差しを向けてくれる杏寿郎が、かれんは大好きだった。
杏寿郎の誕生日前に「かれんが描く花の絵が欲しい」とリクエストを貰ったので、金木犀の絵を描いたバースデーカードを贈った。「今にも金木犀の香りがしてきそうだな!」と嬉しそうにスケジュール帳に挟んでくれていたのが、かれんは嬉しかった。