第14章 ●逃げる●
「今、悟って呼んでくれたね。」
「…………」
押し黙る私。
「もっかい言ってよ。」
にじり寄る悟。
「ヤダ」
「お願い。」
「ヤダ。」
「どうして?」
「どうしても。」
「いじわるぅ。」
「どっちが。」
このやりとり、前にもあった気がする。
「じゃあ、抱きしめてもいい?」
「何で?」
「可愛いから。」
そんな訳ない。
「可愛くない。」
言い返す。
「可愛いよ。」
やめて。
「可愛くない。」
再び言い返す。
「どうしたの?」
訳を聞かれた。
「どう考えてもミサト先輩の方が可愛いもん。」
自分で言っておいて悲しくなった。
あの時の辛い気持ちが蘇ってきた。
熱くなってくる目頭。
目を閉じれば涙が零れ落ちてしまいそう。
必死に瞬きを堪える。
だけど余計に涙が溜まってきて、思わず瞼を閉じる。
頬を伝う一筋の涙。
すると、悟が長い指で涙を拭った。
触れられた頬が熱い。
「泣かないで、恋ちゃん。俺は、お前の方が好きだよ。初めて2人で任務に行った時からずっと恋ちゃん一筋。」
「他の女に走ったくせに。」
「禁欲の間も好きだからしょっちゅう逢いに行ったんだよ。だけど、惚れた女を前に何もできないのが辛くって。俺、3ヶ月ちゃんと我慢してたのに。それなのに先輩の誘惑に負けて。本当、ごめん。」
サングラスがズレて綺麗な瞳が私を見つめる。
やめて。
ドキドキしすぎて心臓とまりそう。
息もできなくなる。
再びこぼれ落ちる涙。
「おいで。」
悟が立ち上がり、両手を広げた。
久しぶりに聞くその言葉に体が勝手に動く。
そしてぬくもりに包まれた。
長い腕が私の背中に回り、広い胸に顔を埋める。
涙が止まらない。
本当はずっとこうしたかったのに。
素直になれなかった。
「好きだよ、恋。」
優しい声が降ってくる。