第16章 rational
「でもそれだけな。
俺もちゃーんと味わっておかねぇとだから。」
そう言って生どら焼きを咀嚼しながら、
家の中を見回す。
子供の頃から、何十回とランが来ていたこの家の中を、ランの残像がまだ笑顔を振りまいているような空気を感じた。
笑い声すら聞こえてきそうだ。
ガララッー…
思い切り窓を全開にする。
「早く…抜けてくれ……」
楽しかった…
今まですっげー楽しかった…
でも、楽しすぎるのは、
自分自身を惑わせる。
しょっちゅうウチに来ては
笑って馬鹿やってふざけ合ってたラン。
ここへ来る度そんなランを
どこか自分のものにしているような優越感があった。
でも……
もうそんな幻想は終わり。
俺には……
やらなきゃなんねーことがある。
俺が…ぜってーやんなきゃなんねーこと。
千冬もごめんな。
今までこんな俺についてきてくれて
ありがとう…。
猫がゴロゴロ喉を鳴らしてまとわりついてくる。
こちょこちょ撫でて目を細めた。
やっぱ、裏切らねぇのは人間以外の動物だけだ。
"何されても、嫌いになんて、ならない"
「フッ…馬鹿だなあいつ…」
俺がお前のことどうしてぇと思ってきたか、
知らねーくせに…。
それから俺が今後、
どうするのかも…。
場地は最後の一欠片を口に放りこんで飲み込んだ後、目を瞑り、フーっと長い息を吐いてから目を開いた。
その目は、鋭利な切っ先が光ったような
玲瓏な眼差しを帯びていた。
ポケットに手を突っ込み、
あの日のお守りを強く握りしめた。
あの日、ランが置いていった胡蝶蘭は
もうすでに枯れかかっていた。